航平の向こう側から「よっ」と声が聞こえた。
俊介はまた笑って、「どういたしまして」と答える。
航平も笑いながら言った。「自分で感謝しろよ、授業行くから。」
「うんうん」と俊介は返事し、「じゃあね」と続けた。
最近、俊介の機嫌がいいことに、西村も気づいていた。
いつも楽しそうで、見ているだけで嬉しくなる。
西村が「なんでそんなに楽しそうなの?」と聞いても、俊介はしどろもどろで答えなかった。
西村はただ穏やかに笑って、「君が少しずつ明るくなっているのを見るのはいいことだ」と言った。
高校三年の、まるで悪夢のような日々が過ぎ去ったあと、西村はいつも一人だった。
かつて毎日手をつないで学校に連れて行ってくれた弦生はいなくなり、西村は以前よりもずっと自立していた。
俊介はよく西村の様子を見に行った。
沈んでいた心が少しずつ回復していくのを見守り、今ではいつも穏やかであることに安心した。
俊介は、心の奥に抱えている小さな想いを、西村には一度も話さなかった。
以前は、そんなことを言っている暇もなかったし、今は言う必要もないと思っていたのだ。
この件は、俊介にとって、平凡な生活の中に現れた小さな活気のようなものだった。
連絡があると楽しいし、途切れても落ち込むことはない。
そもそも、余計な期待を持ったことがなかったので、淡々と受け止められたのだろう。
一方、航平のいとこの丛安然は、頻繁に俊介に連絡をしてきた。
彼女の質問に、俊介はいつも丁寧に答える。
時間が経つにつれて、丛安然は「学長」と呼ぶのをやめ、遠慮なく「俊介」と呼ぶようになった。
ある日、二人は同じ校舎で授業があった。
丛安然は昼休みに一緒に食事しようと誘い、俊介もそれを快諾した。
丛安然は下の階で待っていて、俊介が出てくると、届いたばかりのコーヒーを手渡した。
「お兄ちゃんに、あんまりしつこくしないでって言われたの。断りにくいでしょ?」
俊介はコーヒーを受け取り、「ありがとう」と言った。
そして「大丈夫だよ」と付け加えた。
「もし私が迷惑だったら、遠回しに教えてよ!恥ずかしがらないで!」
丛安然は言う。「例えば一緒に食事しようって誘ったら、『予定ある』とか『図書館に行く』とか言えばいいの。そうしたらわかるでしょ!
でも、直接『うざい』なんて言わないで、顔を立てて!」
俊介は笑って頷いた。「わかった。」
丛安然の性格には、航平と似たところがある。
接していても疲れず、気持ちのいい大らかな人だ。
高校時代のことを思い出すと、俊介はただ社交不安で縮こまっていた自分を少し残念に思った。
あの二年以上、航平に会うのも避けてばかりだったのだから。
大人になってから思うと、全く無理に避ける必要などなかったのだ。
本当に、良い時間を無駄にしてしまっただけだった。
丛安然はしばしば兄の話をする。
二人は年が近く、幼い頃から一緒に遊んでいたのだという。
丛安然曰く、航平は子どもの頃とてもやんちゃで、毎日飛び回り、問題も起こした。
中学では不良行為もあったが、叔父に見つかり、足を折られそうになったこともあったという。
「私がどれだけイライラしてたか言わないで!」
丛安然は笑いながら言う。「あの頃、ほんとに毎日困らせられた!中二病でかっこつけたくて、私と一緒におばあちゃんの家に行っても遊んでくれなくて。叔父が怒っても、私は隣で見てただけで、ざまあみろって感じ!」
俊介は楽しそうに聞き、微笑んで言った。「航平、いい奴だね。」
「そうでしょ。でも口では文句言うけど、私には優しいの。わかってる。」
丛安然がさらに付け加える。「だから、今はもう怒ってないの!」
俊介は心の中で思った。
怒る必要なんてないよ、彼は十分いい奴だ。