「きょ、共犯……?」
樋口透は、信じられないといった様子で目の前の少女を見つめた。
陶器のように白い頬は煤で汚れ、指で拭った血の痕が頬で固まり、暗い赤色の筋を残している。
まつ毛を微かに震わせ、潤んだ瞳で。綾辻依は下唇をきつく噛みしめ、必死に目の前の恐怖に打ち勝とうとしていた。
その光景は、透が抱いていたこのゲームの「カノジョ」に対するイメージを、根底から覆すものだった。
話すことさえおぼつかない、あのか弱い少女が、今や人を殺しただけでなく、こんなことまで口にするなんて。
これも、自分がゲームの中に転移したことで起きた変化なのだろうか?
脳内で思考の嵐が吹き荒れた後、透はしばらく黙り込み、綾辻依の琥珀色の瞳を見つめて、ぽつりと口にした。「あ、ありがと……?」
「ど、どういたしまして……?」
綾辻依も、透からそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったらしい。彼女は指先で前髪をいじりながら俯くと、透に掴まれていた手をそっと振りほどいた。
そして、おずおずと口を開く。「……私の方こそ、お姉さんを助けてくれて、ありがとう」
お姉さん、ねぇ……
樋口透は、やれやれとため息をついた。
まあいいか。どうせ女の子になったのはゲームの中だけだ。現実の自分が変わるわけじゃない。
そう考えている間にも、綾辻依はまだ血を流し続ける死体のそばまで歩み寄り、自分の果物ナイフを引き抜いた。「あ、あなたは先に行って。この死体は、私がなんとかするから」
彼女は男の片足を掴むと、力任せに後ろへ引きずろうとする。だが、か弱い彼女が全身の力を振り絞っても、男の体はびくともしない。
それどころか、よろけてしまい、危うく地面に倒れ込みそうになった。
透は思わず、ふっと笑みがこぼれた。「で、その後は?死体を処理し終わったら、どうするつもり?」
少女はしばらく黙り込む。「……どこかに、隠れる」
「どうして?」
綾辻依は答えなかった。
透も、好感度が足りない状態では何も聞き出せないと分かっていた。顎に手をやり、思案する。「とりあえず、この死体をなんとかするか」
「わ、私も手伝う」
綾辻依が再び死体の足を持とうと手を伸ばしたが、透は彼女に向かって首を横に振った。
この路地裏の詳しい状況は分からない。そもそも、殺したのは一時的な衝動からだ。その後のシナリオにこんな展開はなく、ゲームがこの先どう進むのか、見当もつかなかった。
透はあたりを見回し、すぐに必要なものを見つけた。
彼女は死体を汚いゴミ箱のそばまで引きずると、油で汚れたボロ布で包み、それからゴミ箱ごと蹴り倒した。
汚水と得体の知れないゴミが混じり合って死体を覆い隠す。道沿いのゴミ箱をすべて蹴り倒し、引きずってきた血の跡も、どうにかこうにか隠蔽することに成功した。
「まあ、やれるのはこのくらいか。路地の外、少し離れたとこに防犯カメラがあったはずだ。今夜、もうひと雨降ってくれりゃあ、上出来なんだが」
一連の作業を終えた透も、少女と同じように、全身泥だらけになっていた。
綾辻依は少し戸惑った様子で、スカートの裾を指でいじり、何度かためらった末、透に向かって深々と頭を下げた。「あ、ありがとう……!もし機会があったら、このご恩は必ず返します。何でもしますから!」
言うが早いか、彼女はくるりと踵を返す。
透は慌てて彼女を呼び止めた。「待って。今、行くあてなんてないでしょ。私の家、すぐそこなんだけど、来ない?」
綾辻依は、でんでん太鼓のようにぶんぶんと首を横に振った。「だめ。あなたに迷惑はかけられない」
「あのさ、そもそも殺したのは私なんだけど?」透は呆れたように白目を剥いた。もうすぐ手に入るはずのメインクエストの報酬を、みすみす逃すわけにはいかない。自分の体が本当に治る可能性があるのか、確かめたいのだ。
そこで、彼女は有無を言わせぬ口調で言った。「あなたが今逃げて、もし捕まったりしたら、私も終わりでしょ。さっき自分で言ったじゃない。あたしたちは、共犯なんだって!」
透は少女の前に立つと、問答無用でその右手首を掴み、綾辻依に断る隙を与えない。「今すぐ、私と来て」
綾辻依は、もう片方の手に血塗られた果物ナイフを握りしめたままだったが、今度は少し抵抗しただけで、うつむいて透に引かれるがままになった。
やはり、彼女を助けたことによる好感度と、「共犯」という関係性ができたおかげで、以前のような過剰な反応は示さない。
こそこそと身を隠しながらマンションの裏口から戻ると、通りすがりの警備員のおじさんに少し奇妙な目で見られた以外は、誰にも会わなかった。
そして、自宅の玄関の前にたどり着き、透が指紋認証ロックに人差し指を押し当てた瞬間、ゲームシステムのアラートが鳴り響いた。
【チュートリアルミッションクリア!:『七日間のカノジョ』を救出し、家に連れて帰る】
【報酬:所持金+300、現実世界の体力+1(配布済み)】
【ゲームシステム機能が正式に開放されました】
【新しいミッションが発行されました】
【各自で探索してください】
システムの他の機能を確認する間もなく、不意に耳元で機械的な音声が響いた。
「指紋認証に失敗しました。もう一度お試しください…」
この指紋認証ロックの、いつもの悪い癖だ。
二度ほど押しつけてようやく解錠し、透は綾辻依を中に引き入れた。
玄関の靴箱を開けた透は、自分用の「女性物」の靴がまったくないことに気づく。
スリッパも普段履きのスニーカーも、男物のデカいサイズしかない。
彼女は横目で綾辻依に視線を送った。
少女は行儀よくそばに立ち、両手を後ろで組み、脚をぴったりと揃えている。その細いすねにも、同じように煤汚れがついていた。
その下の真っ白なフラットシューズは、片方が大きく破れ、丸いつま先がはっきりと見えている。
「とりあえず、これ履いて」
大きなスリッパを受け取ると、綾辻依は慎重にしゃがみ込んだ。
一方、樋口透はすでにリビングに着き、眉間を揉んでいた。
彼女は、非常に厄介な問題に気づいたばかりだった。
自分はゲームに転移して女の子になった。
だが、この家の中は、現実の自宅がそのまま再現されている。
つまり、今着ている服以外、この家には女性の生活用品が一つもないのだ。
今でさえ履き替える靴がないのに、この後シャワーはどうする?
死体を処理したせいで、自分の体はひどく臭う。
綾辻依は言うまでもない。何が原因で逃げ回っていたのかは知らないが、服も靴もボロボロで、小さな顔は石炭みたいに真っ黒だ。ただ、その輪郭から、隠しきれない可愛らしさが滲み出ているだけ。
「頭痛ぇ……!」
透はため息をついた。今すぐにでもゲームを終了して現実に戻り、報酬が本物かどうか確かめたい衝動に駆られる。
しかし…
振り返ると、リビングの隅っこで、綾辻依が所在なさげに首をすくめていた。大きなスリッパから覗く、真っ白な小さな足が、どこか滑稽に見える。
彼女はひどく緊張していた。
さっき路地裏で見せたような「熱血」は、見る影もない。
透は手招きした。「そんな遠くに立ってないで。取って食ったりしないから」
「それに、あたしたち二人とも女の子なんだし。まさか、私があなたに何かするってわけでもないでしょ?」
初めて、女の子という身分が少し便利だと感じた。
一周目の時。
スマホでゲームをプレイしていた時は、初日に女の子を家に連れて帰っても、彼女は一言も喋らなかった。何を尋ねても、まるで口のきけない子のように黙り込んでいるだけ。
二日目になって、ようやくぽつりぽつりと話せるようになった。
ゲームとしてプレイする分には、そういう育成感は達成感があっていい。
だが、いざ現実となると、透はただただ頭が痛くなるだけだった。
綾辻依をソファのそばまで引き寄せ、透は真剣な眼差しで言った。「あたしたち、もう運命共同体なんだからさ。そこんとこ、分かってる?」
綾辻依はこくりと頷いた。
「だったら、これからいくつか、先に決めておきたいことがある。協力してもらうわよ」
「うん、うん」
透は続けた。「じゃあまず、身長、体重、それからスリーサイズ、教えてくれる?」
「……は?」