第8話:冷徹な決別
[雪乃の視点]
機械的な電子音が、規則正しく響いている。
目を開けると、白い天井が視界に入った。病院の匂い。消毒液と薬品の混じった、あの独特な匂い。
お腹に手を当てる。
平らだった。
ああ、そうか。
もう、いないんだ。
私の子供は。
心の奥で、小さな祈りが生まれる。短い間だったけれど、お腹の中にいてくれてありがとう。どうか、安らかに。
「雪乃」
ドアが開く音と共に、聞き慣れた声が聞こえた。
玲司だった。
彼は病室に入ると、私の顔を見て立ち止まった。まるで幽霊でも見たかのような表情で。
「お前……」
玲司の声が震えている。
「お前は俺をそんなに憎んでるのか?」
私は彼を見つめた。感情のない、空っぽの目で。
「自分をこんなふうに追い詰めてまで、俺をやっつけたいのか?」
玲司の声に怒りが混じっていた。まるで私が何か悪いことをしたかのように。
「そうよ」
私は平然と答えた。
玲司の顔が青ざめる。
きっと、もっと違う反応を期待していたのだろう。涙を流して謝罪するとか、後悔の言葉を口にするとか。
でも、もうそんな感情は残っていない。
――昔、玲司と誓い合ったことがある。
「どんなことがあっても、二人で乗り越えよう」
あの時の彼の目は、確かに私を愛していた。
でも、それはもう遠い昔の話。
ただ、それだけだ。
私はベッドサイドのテーブルからスマートフォンを取り出した。
画面をタップして、あらかじめ準備していた書類を表示させる。
「忘れないでサインしてね」
私は玲司にスマホを向けた。
「お互い、きれいに終わりましょう」
画面には、離婚協議書が映し出されている。
玲司の目が見開かれた。
「離婚?まさか、お前……」
「何か問題でも?」
私は微笑んだ。
玲司は信じられないという表情で首を振った。
「雪乃、俺たちはお互いに酷いことをした。でも、これでお互いにチャラだろ?」
チャラ?
私の微笑みが深くなった。
「そんなこと聞くの?」
玲司の顔が強張る。
「もし私が今この病院にいなかったら、もうとっくに市役所に連れて行ってるわよ」
玲司は怯えたように立ちすくんだ。顔面蒼白になって、口をパクパクと動かしている。
まるで、初めて私の本気を理解したかのように。