彰仁の口元に浮かぶ笑みは、彼の上機嫌を物語っていた。
まるで、さっきは可愛いうさぎをからかっただけで、その驚いた反応が彼をひどく満足させていたかのようだった。
十数分後、車はゆっくりと鶴亭荘の敷地内に入った。
清水家は、鶴亭荘の敷地内にある。
車が清水家別荘の方へ向かおうとするのを見て、美咲は慌てて、急いで叫んだ。「遠藤さん!遠藤さん!」
大輔はスピードを落とした。「清水さん、どうしましたか?」
美咲は前に身を乗り出し、助手席の背もたれに手をかけた。「ここから私の家までは近いんです。少し歩けば着きますし、あなたたちも急いでいるでしょうから、わざわざ玄関まで送っていただかなくても大丈夫です。ここで止めてください」
面倒なのではなく、彼女が恐れていたのだ。
もし両親に知られたら、彰仁の車が彼女を家の玄関まで送ったことについて、何を言っても説明がつかないだろう。
大輔はスピードを落としたものの、従うのはあくまで彰仁の指示だけだった。彼は応答しなかった。
彼はただの雇われ人だ。彰仁を怒らせるのも怖いし、将来の奥様を怒らせるのも怖い。もし将来、奥様が今日の停車拒否の恨みを覚えていて、彰仁の耳元で悪口を吹き込んで意地悪をしたらどうするのか!
働く身は本当に辛い!
「おじさん……」
美咲は、車が止まらないのを見て、遠藤秘書が彰仁の言うことしか聞かないと悟った。彼女は彰仁に、哀れっぽい視線を送った。
しかし、今回は彰仁が彼女を無視した。
仕方がない。車がこのまま進めば、清水家別荘の敷地に入ってしまう。美咲は礼儀作法など気にせず、彰仁のスーツの端を掴んだ。「おじさん、遠藤さんに車を止めるよう言ってくれませんか?お願いします」
「誰にお願いしてるんだ?」彼は横目で、美咲を見た。
美咲は小さな声で言った。「お願い……お願いします、おじさん」
彰仁は冷静な口調で返した。「もう一度言ってみろ」
美咲は顔を曇らせ、再び言った。「お願い……彰仁さん」
ちょうどそのとき、大輔がブレーキを力強く踏んだ。
美咲は彰仁のスーツの端を掴んでいたが、体は彼と距離を保っていた。その急ブレーキで、美咲の体は慣性に引かれて前に傾き、頭が座席の背もたれに直撃しそうになった。
彼女はシートベルトをしておらず、大輔が急ブレーキをかけるとは思っていなかった。
恥ずかしい思いをするかと思った。
しかしその瞬間、腰に急に力がかかり、大きな手がしっかりと彼女の腰を掴んで後ろに引いた。
気づいたときには、彼女はすでに彰仁の膝の上に座っており、背中は彼の胸にぴったりと寄りかかっていた。
こんな親密な姿勢……
彼女の心臓は乱れ打ち、耳元に彰仁の声が届いた。「どこかぶつけなかったか?」
美咲が振り返ると、彰仁の顔が目の前に大きく迫っていた。
彼女は五秒ほど呆然とし、非常にゆっくりと反応しながら後ろに体を引きつつ答えた。「ぶつけませんでした」
彼の手はまだ彼女の腰にあり、しっかりと掴んでいたため、後ろに下がることはできなかった。「落ちたいのか?」
美咲は話そうとしたが、のどに何か詰まったようで、言葉が出なかった。極度に気まずい瞬間、視線がふと彼の首筋の薄い赤い引っかき跡に落ちた。昨夜の光景がいくつか脳裏に浮かび、彼女は頬を赤らめて、すぐに体を横にそらした。
元の場所に戻り、彼女は心の中で少し怒りを感じながらも、同時に考えた。彰仁はさっきどんな態度だったのだろう?
本当に親密すぎた!
大輔は車を停め、振り返って言った。「申し訳ありません、清水さん。前に子どもが横切ったもので……大丈夫ですか?」
美咲はさっき何が起こったのか見ていなかったため、大輔の説明をただ受け入れるしかなかった。「大丈夫です」
彰仁は横目で彼女を見やり、注意を促した。「降りないのか?」
美咲の反応は確かに鈍かったが、彼女は誓って言える――これは彰仁の前だけのことだ。普段はまったく普通なのである。
車を降りると、彼女はちょうどドアを閉めようとしていたところだった。
「美咲」
彰仁が彼女を呼び止めた。その声は優しく、美咲には声優のような甘い響きが感じられ、錯覚を覚えた。まるで、この男性が自分を深く愛しているからこそ、こんなにも優しく名前を呼んでいるかのように。
美咲は思わず自分の頭を叩いた。「何を考えているんだ!」
彼女と彰仁の接点はほとんどなく、彼がいる場ではいつも距離を置いていた。それでも不思議なことに、どれだけ避けても、必ず彼と顔を合わせてしまうのだった。