「ありませんよ!」
美咲は思わず否定した。
だが、彼女の言葉が出た途端、車内の空気が先ほどとは違い、どこか重苦しくなったのを感じた。
彰仁は……怒っているのか?
でも、彼が何に怒るというのだろう!
昨晩損をしたのは明らかに自分の方なのに、文句ひとつ言っていないのに、彼の方が先に問い詰めてくるなんて。言いたくはないけれど、もし少しでも勇気があれば、反論したいところだ。
「本当にないのか?」彼はもう一度、尋ねた。
美咲は無邪気な顔を装って答える。「本当にありませんよ」
「分かった」彼はそう言った。
彼は、一体何を「分かった」というのだろう?
彰仁は普段から感情を表に出さないタイプで、時には無表情でも機嫌が良く、無表情でなくてもやはり機嫌が良い。ほとんどの人は彼の気持ちを読み取れず、彼の前ではただ慎重に振る舞うしかない。
彰仁の側で五年間秘書を務めてきた大輔でさえ、彼の感情を半分ほどしか理解できていなかった。だが今、この瞬間、彼ははっきりと感じ取った——池田様は怒っている!
しかも、かなり怒っているように見える!
おそらく清水さんに怒らされたのだろう。
大輔は少し驚いたが、内心では――「身近な女性の影響力は、本当に大きいな!」と思った。
「大輔」
緊張した大輔は呼ばれるとすぐに答えた。「はい、池田様」
彰仁は表情を変えず前方を見つめ、美咲には目もくれずに言った。「会社に戻って、会議が終わったら、昨夜俺の部屋にいた女性が誰なのか調べてきてくれ。見つけたら連れて来い。俺が直接、彼女と決着をつける」
隣に座っていた美咲は、なぜ彰仁が怒っているのか理解する前に、次の瞬間――彼が大輔に自分を探すよう命じるのを聞いた!!!
大輔は平然と応じた。「かしこまりました。すぐに取り掛かります」
美咲は横目で、彰仁をちらりと見た。
確かに、彼女は昨晩朦朧としていて、人の顔をはっきり見ていなかった。だが、彰仁が彼女だと分からないはずがない。
美咲は彼に何を言いたいのか尋ねたかったが、彰仁の怒りを帯びた横顔を見て、言葉を飲み込んだ。特に、彰仁が昨晩の女性と決着をつけると、歯を食いしばって言ったことが気になった。
彼の言う「決着」とは、昨晩のことを公にするという意味なのだろうか?
京都圏の名家の誰もが、彼女が正明の婚約者であることを知っている。昨晩の出来事は、相手が彰仁のような人物であっても、京都圏の名家にとっては十分にスキャンダルの一つだ。
誰も彰仁を非難する勇気はない。
しかし、皆は必ず彼女に「不道徳」というレッテルを貼るだろう。
そうなれば、彼女はもう人として生きていけないかもしれない。清水家も、彼女のせいで恥をかくことになるだろう。
そういったことを考慮して、彼女はずっと彰仁の前で、昨晩のことを積極的に持ち出さないようにしていた。彰仁がどのような態度をとるのか見極めようとしていたが、彼の態度は依然として掴みどころがなかった。
美咲が密かに損得を天秤にかけながら、両手を組んでもじもじしていると、彰仁は彼女の手をちらりと見て、無造作に尋ねた。「ここには部外者はいない。言いたいことがあるなら、直接言ってもいいよ」
「さっき、おじさんが昨晩の女性を探すって言ってましたが……」美咲は唇を噛みながら、小声で尋ねた。「つまり、おばさんができたってことですか?」
彰仁は視線を上げ、彼女の美しいアーモンド形の瞳をのぞき込み、美咲の期待に応えるように「ああ」と答えた。
彼が認めた!
でも、それは彼女とは何の関係もないことだ。
おばさん……
でも、自分が彰仁と一夜を共にしたことを考えると、もし彼が本当に妻を連れて帰ってきたら、どうして堂々と「おばさん」と呼べるだろう!
美咲は探るように尋ねた。「おじさん、昨晩おじさんと良い時間を過ごした女性を見つけたら、彼女にどうするつもりなんですか?」
彰仁は口元をわずかに上げた。「俺は先ほど大輔に、昨晩俺の部屋にいた女性を探すよう指示しただけで、他のことは何も言っていない」
美咲は言葉を失った。
やはい……!
自分で正体を暴露してしまった。