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42.1% 半妖精と竜印姫の反逆譚 / Chapter 8: 宝玉が選ぶ者、試練が開く

Chapter 8: 宝玉が選ぶ者、試練が開く

「アリラ! どこだ!」樹々の縁に立ち、ティオリルは声を張り上げた。夜明けが近いというのに、昨夜姿を消した彼女はまだ森から出てこない。

しばらく探し続け、ようやくティオリルは高い枝の上で眠るアリラを見つけた。安堵と呆れが混じった息が漏れる。彼は慎重に幹をよじ登り、彼女のいる枝よりわずかに下の枝へ身を移した。眠っている時の彼女はまるで幼子のようで、思わず微笑がこぼれる。眠っている間だけは、悪くない――そんなことを考えたその時、彼は彼女の手に黒い紐のペンダントが握られているのに気づいた。青い水晶――三日月のような形だ。そっと指を伸ばし、彼女の掌から優しく抜き取る。奇妙な水晶は、触れた感触がほとんど電気を帯びているかのようだった。

陽光が水晶の面にちらりと反射した瞬間、ティオリルの全身に鋭い衝撃が走った。肌が焼けるようだ。橙と深紅の炎が彼の眼を呑み、眩しさと戦慄が一気に押し寄せる。狂気じみた笑い声の奥で、痛みに満ちた悲鳴が木霊した。息を荒らげ、彼はペンダントを焼けた炭のように取り落とす。視界が晴れると、アリラが彼を見上げていた。新たな涙が、昨夜の涙痕の上を伝って頬を流れている。

「見たのでしょう……?」彼女はかすれた声で言う。

その幻視は、はっきりとした恐怖となってティオリルの胸を刺した。「……何を見たのか、正確には言えない。アリラ」

アリラは喉の奥から嗚咽を絞り、ペンダントを掴むと胸に強く押し当てた。彼が言葉を継ぐ間も慰めを示す間もなく、彼女は枝から身を滑らせるように降り、そのまま落ちるように地面へ。そして走り出し、森の奥へと姿を消した。

「アリラ!」ティオリルは木を駆け下り、叫んだ。しかし追いつけない。――見つけなければ。今の彼女をひとりにはできない。自分の不甲斐なさを胸中で罵りながら、彼は小さな開け地で膝をつき、指先を土へ押し当てた。歌うようなエルフの言葉が唇からこぼれると、そよ風が生まれ、地面そのものが低く唸りはじめる。感覚は獣を凌ぐほどに研ぎ澄まされ、彼の身からはかすかな光がにじみ出た。

深い裂け谷の縁で、アリラは膝をついていた。両手の下の土に、涙がぽつぽつと落ちる。彼女は暗い奈落を見つめる。――ここへ身を投げれば、痛みは止むのではないか。底には、両手を広げて待つ両親がいるのではないか。もう戦いも、壊れた心を繕うこともない。もう何も……。ただ、終わるだけ。

彼女は混血だ。ティオリルも、他のエルフたちも、きっと彼女を必要としない。エルフの目には、彼女は何者でもない。人間にとっても、彼女は“物”でしかない。獲物であり、戦利品だ。戦い続けることに、もううんざりだった。生き延びたのは、母の「走れ」という命に従ったからにすぎない。何年もかけてようやくヴァルカーンへ戻ってきた今、ただ眠りたい――帰れば、両親が抱きしめてくれる、そんな帰郷は二度と来ないのだとしても。

踵をついて前後に揺れながら、アリラの嗚咽はやがて悲痛な叫びへと変わる。彼女は頭を仰け反らせ、無情な空へ向かって叫んだ。「私は死にたい! どうして私を生かしたの! 私は“何でもない”! お願い、もう死なせて!」空虚な裂け目を怒りと渇望で見据え、最後の震える息を吐く。身を前へと傾け、永遠の無へ飛び込む覚悟を固めた――。(ああ、愛しい、輝かしい楽土よ。あなたはこの底で私を待っていてくれるの……?)

その刹那、彼女の身体は後ろから強く引き戻された。逞しい腕が彼女を抱きすくめ、必死の力で谷から遠ざける。アリラは目を見開く。ティオリルだ。彼の身体は震え、顔は彼女の肩に埋められている。

「アリラ」彼は耳もとに、強く、けれど優しい声で囁いた。「自分が取るに足らぬ存在だとか、ひとりぼっちだとか――決してそんなふうに思うな。君は“理由があって”救われた。運命は君をセレナへ導き、今、君をルトリスへ、故郷へ、そして未来へと連れて行こうとしている。君が“誰もついてこない”と思うなら、それは間違いだ。私はエルフの“未来の王”だ。私は君の言葉に従っている。背後にどれほどの不確かさがあろうと、君の価値を疑ってはならない。君がどれほど不可欠か、君自身は決して気づけないだろう。だからこそ、自分を信じ、明日への希望を手放すな。――そのために、生きろ」

アリラは堰を切ったように泣き、ティオリルの胸に顔を押しつけた。やがて長い沈黙ののち、彼女は肩で息をしながら身を引き、片手で首の水晶を握りしめ、もう片方の手を差し出した。「私の希望は、もう残っていない」低く掠れた声で言う。「残っているのは、復讐と苦い思いだけ。……こんな自分を終わらせたい。手を取って。運命が私の心に何をしたのか――見せるから」

ティオリルは掌を上に向け、彼女の手へ重ねた。アリラは青い水晶を、彼の掌に強く押し当てる。

今度は先ほどを遥かに上回る電撃が腕を駆け上がり、彼は悲鳴を飲み込んだ。手首は荒縄で縛られたように動かず、彼は“立って”いる。隣には、アリラに似た長い髪の女。両手は背で縛られ、辱められ、打ち据えられている。

彼――いや、“自分”は身を屈め、その女の額へ口づけた。(誰かの目を通して見ている……? これが、アリラの両親……?)

頬を額に寄せると、女は「彼」の――いや、「自分」の肩へ頭を預けた。「ガーウルフ……あなたのいない世界で生きねばならないのが、ただ、恐ろしいの」「静かに、アルセア」彼は慰める。

ガーウルフの視界のまま、ティオリルは自分たちが仮設の足場へ引き据えられ、中央の巨杭に縛り付けられるのを見た。緋の軍勢が取り囲み、その顔という顔が下卑た嗤いに歪む。人垣の中央から、燃える松明を手にした男が歩み出てくる。

「偉大なる魔導士ガーウルフと、そのエルフの“恋人”か。おあつらえ向きの見世物だ」男は嘲った。「水晶がどこにあるか吐け。言うのなら、その美しい“玩具”だけは助けてやらんでもない」

「祖国に背くことなど、決してない!」ガーウルフの声は力強い。「お前たちに水晶は絶対に渡らぬ!」

「勇ましいことだ」男は鼻で笑う。「女ひとりの命を失おうとも、か?」

アルセアの声は澄み渡っていた。「私はいつでも夫と共にある。たとえ今日ここで果てようとも、天の奇跡でこの牢を逃れようとも、私の誓いは夫だけのもの」

男の顔に軽蔑が走る。「くだらぬ“愛”だ」

「あなたにとってはね」アルセアは毅然と言い放つ。「胸にあるべき心臓の場所に、冷たい石しか入っていない者には!」

「愚かな女め!」男は唾を吐くと、また笑った。「感情に何の意味がある? 自分の有様を見ろ」彼は傍らの兵へ目配せし、松明を渡す。「父上はお喜びだろう。常勝の子、ギャリックが、いかに容易くヴァルカーンを制したかをな。そして報告にも満足なさる――ヴァルカーン評議会も、その王家も、ことごとく……“処分された”とな」男は二人を最後に値踏みするように眺め、もう一度笑った。「――焼け」

兵が乾いた薪の山へ松明を投げ入れる。間もなく足場の下から炎が立ち上り、濃い煙が立ち込めて、むせ返る。両手は背で杭に縛られている。それでもガーウルフとアルセアは、どうにか互いの指を探り当て、固く絡めた。炎が舌を伸ばして肌を舐めはじめ、アルセアの悲鳴が上がる。兵たちはそれを嘲笑で掻き消した。炎は秒ごとに勢いを増し、苦痛は限界を超えていく。

やがて視界を満たすのは炎だけになり――そして、闇。

喉に詰まった塊を嚥下しながら、ティオリルはゆっくりと目を開いた。膝の上に身を丸めて眠る娘を見下ろす。「……これが、君の見ているものか」

返事はない。彼の腕の中で、アリラは眠りに落ちていた。自らの抑えがたい感情に、完全に疲れ果てて。


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