無茶苦茶な一言。
石井美咲はすぐ分かった。彼女は急に顔を上げて橋本隼人を見つめた。澄んだ瞳には今、驚きが満ちている。
隼人は彼女の目をじっと見つめ、手を彼女のおなかに置いた。
「ここに、俺の子がいる」
美咲:「……」
美咲の頭の中には真っ白になっている。
彼女は隼人をじっくりと見ている。
高い鼻筋に薄い唇、深い眼差し。今彼女を見つめる表情は本気だった。
あの夜、彼女は薬を飲まされ、意識もなくぼんやりした状態だった。翌朝、目覚めた時も、とにかく早くその場を離れたかった。その為、一夜を共にした男がどんな顔つきだったか全然覚えてない。
この子は予想外の出来事で、今の彼女は自分の身を守るのに精一杯で、育てる余裕などない。
しかし美咲が自分の考えを口にする前に、隼人は率直に言った。「美咲、俺が責任を取る。結婚しよう」
美咲は彼がそういう話をしたことに驚いたが、彼女は冷静で、考えることもなく即座に断った。
「いいえ、必要ありません。隼人さん、あの夜私は人に陥れられました。その後、起きたことも予想外で、この子もすべて偶然です。実際、私たちは今日が初対面でしょう。こんな理由で結婚するなんていい加減に過ぎません。誰にとっても無責任なことです」。
隼人は目を伏せた。断られることは予想していたが、美咲がまったく考慮せずに拒否するとは思わなかった。
美咲は少し考えてから続けた。「何の計画も立てず、小さな命を授かる、私から見ると非常に残酷なことだと思うので…」
「どうあれ、この子を産んでほしい」隼人は彼女の言葉を遮った。
美咲は不思議そうに彼を見つめた。
隼人は頭の中で何回も繰り返した言葉を口にした。
「俺はこの子が必要なんだ。俺の立場は知ってるだろう。一人息子で、これだけの家業を継ぐ者が必要だ。だが俺はこれまで一度も女性に興味を持ったことがない。」隼人はこう言いながら、心の中でひそかに付け加えた──お前に出会うまではな。
美咲は驚いてドキドキした。この言葉はどういう意味?
芸能界にいる彼女はあらゆることを見てきた。そして美咲は常に受け入れる力が強かったので、隼人のこの発言を聞いても、少し衝撃的ではあるが、それ以上の思いもない。
美咲は俯いて言った:「でも、そうなると、この子は婚外子になってしまいます。世間の噂や中傷を背負うことになりますよ…」
「だから結婚しようと言ってるんだ。そうすれば子供は正当な出生を得られる」隼人は彼女を見つめ、声は少し優しくなった。
美咲の心は揺らいでいた。結局、彼女の子でもある。軽率にこの世に連れてくることもできないが、からといって勝手に決めつけることもできなかった。
「契約結婚だ。子供が生まれた後、美咲にはこの婚約関係をいつでも終わらせる権利がある」
隼人は続けた:「それに、俺がこの子がほしいんだ。産んでくれたら、二億円を渡す」。
彼は美咲の立場から、彼女の心配事をできる限り考慮してくれた。
美咲は何とか最後の冷静さを保ちながら言った。「でも、あなたの将来のパートナーは、この子の存在を気にしないでしょうか?」
隼人は断言した。「そんなことない。別の女性と再度結婚することはないと約束する。言葉を信じられないなら、保証書も用意する」
美咲は首を振った。それはまったく必要ないだろう。結局、隼人は女性に興味がないと言ったばかりだ。
「それは信じますよ。私が言ったのは、あなたの将来の…同性のパートナーのことです」
隼人は言葉が詰まった、美咲の考え方に感嘆した。「男にも興味はない」
美咲は「……無性愛者ですか?」
隼人は言葉を失った。
彼は深く息を吸い、言った。「それは分からない」
「なるほど」美咲は頷き、確信したような様子で言った。「それなら、そうなんでしょうね」
隼人は「……」
彼は心の中で思った。いいの、結婚さえ同意してくれるなら、何の恋だと言われても構わない。
時間は一杯ある。これから自分を証明する機会はいくらでもあるんだ。
隼人はまた状況が変わてしまうことを恐れ、阿部竜也を呼んで婚前契約書の草案を依頼した。
竜也は事情を聞いてすぐ、隼人の考えていることが分かった。
彼は何かの理由をつけて隼人を自分のオフィスから連れ出し、部屋の中の美咲に聞こえない場所まで行って、隼人の腕をつねった。
「おい、彼女は凛の親友だぞ。凛が親友をどれだけ大事にしているか知ってるだろう。お前、本気なのか?」
隼人は眉を上げた。「俺が結婚なんてことで冗談を言えるように見えるか?」
竜也は彼を上から下までじろじろ見ながら、言った:「見えないな」
隼人は「なら、余計な口は挟むな」