第07話:決別の炎
「味噌汁で死ぬなんて、俺は知らないぞ」
怜の言葉が詩織の耳に響いた。
次の瞬間、怜の手が詩織の顎を掴んだ。力強く、容赦なく。
「やめて」
詩織が抵抗しようとしたが、怜の力は圧倒的だった。
「飲め」
怜の指が詩織の口をこじ開ける。詩織は必死に首を振ったが、怜は構わず栗入りの味噌汁を流し込んだ。
熱い液体が喉を通り、詩織の体に入っていく。
「怜、やめて!」
彩霞が慌てたように声を上げた。しかし、その目には冷たい光が宿っている。
詩織は咳き込みながら椅子から立ち上がろうとしたが、足がもつれた。
「ほら、なんともないだろ。大げさなんだから」
怜が冷たく言い放つ。
詩織の喉が腫れ始めた。呼吸が苦しくなる。
「怜……」
詩織が夫の名を呼んだが、怜は彩霞の方を向いていた。
「彩霞、泣くな。詩織が謝れば済む話だ」
詩織の視界がぼやけてきた。心臓が激しく鼓動している。
「苦しい……」
詩織がテーブルにしがみついた。
「詩織、彩霞に謝れ」
怜の声が遠くなっていく。
詩織は床に崩れ落ちた。意識が薄れていく中、最後に見たのは彩霞の満足そうな笑顔だった。
救急車のサイレンが響く中、詩織は意識を失った。
病院の緊急処置室で、詩織は5時間にわたる治療を受けた。
怜は処置室の前で青ざめた顔をして立ち尽くしていた。
「ご家族の方ですね」
医者が現れた。
「奥様の容態はいかがですか?」
怜の声が震えている。
「あと数分遅れていたら手遅れでした」
医者の言葉に、怜の顔が真っ白になった。
「アナフィラキシーショックです。アレルギーの原因物質を摂取されたようですが」
医者の視線が怜を見つめる。
「奥様がアレルギーをお持ちだということは、ご存知でしたか?」
怜は答えられなかった。
病室で目を覚ました詩織を見て、怜は安堵の表情を浮かべた。
「詩織、よかった」
怜が詩織の手を握ろうとしたが、詩織は手を引いた。
「なぜあの時ちゃんと言わなかったんだ?」
怜の言葉に、詩織は絶句した。
「私のせいだって言うの?」
詩織の声は掠れていた。
その時、怜のスマートフォンが鳴った。
「彩霞からだ」
怜が電話に出る。
「彩霞がどうしても直接謝りたいって」
怜が詩織にスマートフォンを差し出した。
詩織は震える手で電話を受け取った。
「もしもし」
「詩織?」
彩霞の声が聞こえた。先ほどまでの心配そうな調子は消えている。
「栗アレルギーなの、知ってたわよ。あれはわざとだったの。通報でもいいよ?でも証拠がないでしょ?」
詩織の血が凍りついた。
「怜は私を選んだの。あなたじゃない」
彩霞の嘲笑が電話越しに響く。
詩織はスマートフォンを床に叩きつけた。画面が粉々に砕け散る。
「出ていって!」
詩織が絶叫した。
「詩織!」
怜が激昂する。
「数日間しっかり反省してろ」
怜は病室を出ていった。
詩織はその日のうちに退院し、自宅に戻った。
リビングに飾られた結婚写真が目に入る。幸せそうに微笑む二人の姿。
この写真を撮った頃、彩霞は既に妊娠していたのだろう。
詩織は花瓶を手に取り、結婚写真を叩き割った。
ガラスが飛び散る音を聞いて、使用人が駆けつけてきた。
「奥様!」
詩織は使用人を見つめた。
「この家にある私と彼のツーショットは、全部燃やしてちょうだい」