第9話:新たな始まりと衝撃の招待状
暁の怒りが爆発した。
「今すぐ影山家に帰れ!」
冷酷な声が寝室に響く。蝶子は首を押さえながら、恐怖に震えていた。
「暁さん、お腹の子が......」
「俺の子じゃないだろう」暁は吐き捨てるように言った。「十二年間、よくも俺を騙し続けたな」
蝶子の顔が青ざめた。
暁は振り返ることなく書斎へ向かい、アシスタントに電話をかけた。
「すぐに調べろ。影山蝶子が関わった誘拐事件と、過去のパーティーでの出来事を全て」
電話を切ると、暁は写真を握りしめた。レーシングスーツ姿の刹那。優勝を捨てて自分を救ってくれた恩人。
二千万円の賞金を放棄してまで。
「恩返し」という言葉を十二年間覚えていたのに、肝心の恩人を見誤っていた。
Z国の空港。
飛行機から降りた刹那は、頭の包帯を隠すために深く帽子をかぶっていた。到着ロビーを歩きながら、新しい人生への不安と期待が胸の中で渦巻いている。
出口で両親が待っていた。そして、その隣に見知らぬ男性の姿があった。
背が高く、落ち着いた雰囲気を纏った男性。スーツを着こなし、穏やかな表情で刹那を見つめている。
「刹那」母親が駆け寄ってきた。「お疲れ様。こちらが龍胆宗司さんよ」
刹那は男性の前で立ち止まった。
「こんにちは、氷室刹那です」
「龍胆宗司。君の婚約者だ」
宗司の声は低く、誠実さが感じられた。握手を交わす手は温かく、安心感を与えてくれる。
一時間後、市役所。
両親が待つ中、刹那と宗司は結婚手続きのために到着した。
「刹那さん」
宗司の母が温かい笑顔で近づいてきた。上品な着物姿で、手には小さな箱を持っている。
「これは龍胆家に代々伝わる翡翠のブレスレットです。姑から受け継いだもので、あなたに差し上げたいの」
箱を開けると、美しい翡翠のブレスレットが現れた。深い緑色が光を受けて神秘的に輝いている。
刹那の胸に複雑な感情が湧き上がった。
かつて、暁の母も翡翠のブレスレットをくれたことがあった。それは、足の不自由な暁を五年間世話した見返りであることをよく知っていた。しかし、この数年、氷室家は徐々に衰退し、暁の両親は常に彼女が少し物足りないと感じていた。陰では暁が夜神家の長女と結婚し、地位を固めることを望んでいるとはっきりと言ったことがあった。