一言も、たとえ半分の言葉すらも言わなかった。
彼は母親が無理やり押し付けてきたこの女を見ることさえ望んでいなかった。
小林颯真の斎藤詩織に対する嫌悪感はすべて顔に表れていた。
詩織はそれを見ないわけにはいかなかった。
はぁ、これは自ら恥をかいているようなものではないか?
こういう答えになるとわかっていながら、どうして自分からつまずく石を置いたのだろうか。
詩織は鼻をすすり、苦笑いしながら言った。「でも私には、あなたに言いたいことがたくさんあるの。颯真、私はあなたと結婚して三年、私たちが話した回数は両手で数えられるほど。この数日間、私たちは三年間の総計よりも多く話したけど、でもいつも喧嘩ばかり。喧嘩はしたくないの。座って、落ち着いて話し合わない?」
颯真は立ち止まることなく、安定した足取りで立ち去った。
詩織は俯き、目元に溜まった涙をこすった。
白石弁護士のデスクに駆け寄ると、ペンを取って離婚協議書に自分の名前を署名した。一筆一画、紙の裏まで力が通った。
「これで帰ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ、お気をつけて!」社長から言われた任務が完了し、白石弁護士はもう詩織に難癖をつけず、喜んで彼女を見送った。
入口で待機していた記者やパパラッチたちはすでに颯真の部下によって追い払われていた。
詩織は弁護士事務所を出ると、自分で書いた離婚協議書を怒りに任せて引き裂き、ゴミ箱に投げ入れた。
道路の向かい側、ロールスロイス・ファントムの中で座っていた颯真は、窓ガラス越しに詩織を見つめていた。
雨宮昭弘でさえ見かねていた。「風、お前のやり方は残酷すぎるぞ。彼女はただの世間知らずの少女だ」
少女だからこそ、彼はより早く決断を下す必要があった。いつまでも引きずって、年をとってから離婚するのを待つわけにはいかないだろう!
詩織にとっては、それこそが本当の残酷さだった。
颯真は物憂げな口調で言った。「いずれ彼女は私に感謝するさ」
「彼女はお前を恨むだけだ」
雨宮は軽蔑したように口をゆがめた。
颯真の偽善的な態度が一番我慢ならなかった。そのせいで自分が卑劣に思えてくる。
「江口」雨宮の好奇心が刺激された。「行って、彼女がゴミ箱に捨てたものを拾ってきてくれ。あれが何なのか見てみたい。あんなに悲しげに引き裂いていたが、もしかして風が彼女に書いたラブレターじゃないだろうな!」
言葉が終わらないうちに、颯真から冷ややかな視線を受けた。
……
颯真が会議を終えると、彼のデスクの上に透明テープで貼り合わせられた『離婚協議書』が置かれていた。手書きのもので、美しい字で清潔感があった。
彼は眉を上げ、興味深そうにそれを手に取った。
『離婚協議書』を読み終えると、彼は末尾の日付を見つめて考え込んだ。
日付は前田紫月が戻ってくる前日だった。つまり、詩織はずっと前から彼と離婚したいと思っていたということだ。
離婚しないと叫んでいたのは彼をからかっていたのか?
颯真は引き出しを開け、詩織が手書きしたその『離婚協議書』を中に入れた。
彼は携帯電話を取り、白石弁護士に電話をかけた。「養育費を倍にしろ」
……
詩織は魂が抜けたようにストリートを歩いていた。
夜になるまでうろうろとした後、彼女は親友の山口奈々に電話をかけた。「ねえ、出てきて一緒に酒を飲もう。グローバルタイム・バーよ!」
奈々は詩織に何度も電話をかけていたが、詩織は一度も出なかった。奈々はすでに焦りでいっぱいだった。
30分もしないうちに、彼女は詩織の前に現れた。
「詩織、悲しまないで。二本足のカエルは見つけにくいけど、二本足の男なんて町中にごろごろしてるわ。あなたはこんなに綺麗なんだから、すぐに本当にあなたを愛してくれる人を見つけられるわよ」
会うなり、奈々は詩織をしっかりと抱きしめ、忍耐強く慰めた。