第4話:最後の6日間
別荘に戻った詩月は、足の裏に刺さったガラスの破片を一つずつ取り除いていた。痛みで顔が歪むが、誰も追ってこないことに安堵する。
あと6日。
契約終了まで残された時間を心の支えに、詩月は使用人を呼んだ。
「私の私物を全て処分してください。化粧品も、服も、全部」
使用人は困惑したが、詩月の決意を込めた表情に何も言えなかった。
部屋から自分の痕跡を消し去る作業を見守りながら、詩月は携帯電話で故郷行きのチケットを予約した。全てが終わったら、もう二度とこの街には戻らない。
疲労と安堵で、詩月は深い眠りに落ちた。
深夜2時。玄関のドアが開く音で、詩月は薄っすらと目を覚ました。零が帰宅したのだ。
「詩月は?」
「お部屋で休んでおります。お怪我をされて、お食事も召し上がらずに」
執事の報告を聞いた零の足音が、詩月の部屋に向かってくる。
ドアが静かに開かれ、零が部屋に入ってきた。詩月は眠ったふりを続けたが、零が足元の包帯を見つめているのを感じる。
「また血が滲んでいる」
零は薬箱を取り出し、包帯を解き始めた。消毒液が傷口に触れた瞬間、詩月は痛みで目を覚ました。
「もう大人なんだろ、どうしてこんな大事にしたんだ」
零の言葉に、詩月の心に怒りが湧き上がる。
助けてくれなかったのはあなたでしょう。
そう言いたかったが、口には出せない。
「すみません」
「腹は減っていないのか?」
詩月は首を振った。
「そういえば、お前が食べたがっていた鍋料理の店があっただろう。連れて行ってやる」
零の突然の提案に、詩月は困惑した。なぜ今更?
「お気遣いなく」
「いいから支度しろ」
抵抗する気力もなく、詩月は零に従った。
深夜でも賑わう鍋料理店の個室。零は料理に不満そうな表情を見せている。
「お先にお帰りになっても」
詩月が気を遣うが、零は聞く耳を持たない。代わりに、ポケットからブレスレットを取り出し、愛おしそうに拭き始めた。
「きっと氷条さんが喜ぶでしょうね」
詩月の何気ない言葉に、零の手が止まった。
「なぜ怜華の名前を知っている?」
その時、店員が足を滑らせ、零の手にぶつかった。
ブレスレットが床に落ち、真っ二つに割れる。
「何をしている!」
零の怒声が個室に響いた。普段の冷静さは完全に失われている。
「すぐに修復できる職人を探せ!」
零はアシスタントに電話をかけ始めた。その混乱の中、倒れた鍋から熱湯が詩月の両手にかかる。
「あっ!」
詩月の悲鳴が上がったが、零は壊れたブレスレットに夢中で気づかない。
激痛で涙を流す詩月を一瞥した零は、冷たく言い放った。
「俺には大事な用事がある、自分で病院に行け」
零は壊れたブレスレットを大切に抱え、振り返りもせずに去っていった。
翌朝、激しい痛みで目を覚ました詩月の前に、携帯電話を持った零が立っていた。
「こっそりチケット取ってたのか?どこだ?」
画面には「受付のお知らせ」の文字が光っていた――