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吉田くき(よしだ くき)はスクラッチくじを買い、一等で二千万円を当てた。
金曜日の仕事が終わり、吉田くきは同僚たちと新しく開店したしゃぶしゃぶ店で飲み会をして、ひとときのんびりした。
調味料台でタレを作っていると、子供が突っ込んできて吉田くきの足に激しくぶつかった。彼女が持っていた満タンのタレ鉢はそのまま彼女の上にぶちまけられた。ちょうどその日、彼女は白いワンピースを着ていた。
吉田くきは呆然とし、片手を宙に浮かせたまま、鉢を持つ姿勢のまま動けなかった。
子供の親はようやくここが遊び場ではなく食事処だと気づき、慌てて子供の腕をつかんだ。今回はタレがこぼれただけだが、次は熱い鍋までひっくり返るかもしれないと誰もが思った。
「すみません、大丈夫ですか?」と親は謝りながら、子供の腕を引き、あからさまに叱りつけた後、吉田くきに向かって深々と頭を下げた。
店員もすぐ駆けつけ、掃除や片付けを手伝った。
結局、子供の親が吉田くきのワンピース代を全額弁償することで一件は収まった。
同僚たちは吉田くきがなかなか戻らないので様子を見に行き、調味料台での惨状を見て驚いた。「うわ、吉田さん、どんな運してるのよ。食事のあとで宝くじ買いに行ったほうがいいんじゃない?」
吉田くきも同じことを考えていた。
あまりにも不運すぎて、逆に「この運を逃す手はない」と思った。
店から100メートルほどのところに宝くじ売り場があった。
吉田くきは迷わず店に入り、スクラッチの箱から一枚を手に取った。代金を払って小さなヘラ(削り棒)を受け取り、カウンターに身を乗り出して一列ずつ削っていった。
下から二列目を削ったとき、彼女は一瞬硬直した。
同僚が覗き込みながら冗談ぽく言った。「まさか、本当に当たったりして?」
その通りだ。
吉田くきは目を強く瞬きして、アーモンド形の瞳に光が跳ねた。彼女は少し興奮していた。これが彼女にとって初めてのスクラッチだったのだ。これまでネットの高額当選動画は宣伝に過ぎないと疑っていたが、その日だけは現実の幸運を受け止めた。
「当たった!」と吉田くきは叫び、口元を大きくほころばせながらゼロを数え始めた。「、十、百、千、万、二十万、二千万…」
同僚たちがどよめき、口々に叫んだ。「マジで?嘘だろ!」
「早く見せて!」
「二千万円だって?くき、演技うますぎ。オスカー級だよ、私が賞を授けるよ!」
同僚たちが身を乗り出して吉田くきの前の輝きを遮ると、数秒の静寂の後、店内は一気に歓声と驚きで満ちた。通りがかりの人たちも振り返った。
生来の人だかり好きな日本人らしく、散歩中の数人のおじさんたちが興奮気味に店に駆け込んで、親しげに尋ねた。「どうしたんですか?大当たりですか?」
店主は目を凝らして何度も確認し、間違いないと分かると大声で言った。「お嬢さん、二千万円当たってますよ!なんて運でしょう!」
吉田くきは周囲の視線を受けて照れ笑いをしながら手を振り、「そんな大したことないよ」と言った。
通りがかりの男性たちは順に彼女と握手して「運を分けてください」と言い、そそくさとスクラッチを買い求めて削り始めた。店主ははしゃいで記念写真を撮り、同僚たちはくきを囲んで「見た人にはお裾分けね」と冗談を飛ばした。
吉田くきは金銭面で困っているわけではなかった。すでに経済的に自立しており、二千万円が彼女の生活を変えるわけではなかったが、労力なしに手に入った予期せぬ臨時収入として、素直に喜んだ。
その良い気分は月曜日の出社日まで続いた。
彼女は噂がこんなに早く広がるとは思っていなかった。通りすがりの人々がにこやかに「おめでとう」と声をかけ、顔なじみは「奢ってね」と付け加えた。
吉田くきは相変わらず親しみやすく、寛大に笑って「ありがとう」「いいよ」と返した。
「吉田さん、社長がお呼びです」
吉田くきが席に着いて一息つく間もなく、社長付きの深田拓也が彼女の机を軽くノックして、取締役室の方向を指した。
「はい、すぐ行きます」と彼女は答え、就任してまだ一ヶ月の新米秘書はあわてずに取締役室へ向かった。
十数分後、吉田くきはゆっくりと戻ってきた。
「くき、社長は何の用だったの?」と佐伯楓(さへき かえで)秘書が首をかしげて尋ねた。「なんでそんな顔してるの?」
「楓さん、うぅ」と吉田くきは鼻をすすり上げるふりをして椅子を滑らせ、佐伯の肩に寄りかかりながら甘えた。「社長に呼ばれて良いことなんてあるはずがないよ。たぶん出張付帯の特典だわ。私の鈴ちゃんが一人で家に残るのを見てられないの。数日だけ、面倒みてくれない?」
楓は冷たく彼女の頭を押し戻してその頼みを断った。「あなたの犬は元気すぎる。私の細い腕じゃ無理よ。体力のある人に頼むべきだわ」視線を巡らせながら楓はターゲットを定め、「紀伊圭介(きい けいすけ)がちょうどいいと思う」と付け加えた。
自分の名前が呼ばれ、紀伊圭介は顔を上げて困惑した表情を見せた。「私か?」
「くきが頼みたいことが……」と言いかけた楓の口を、
吉田くきはとっさに手で押さえ、必死に目で合図した。楓が黙ると、くきは小声で続けた。「紀伊は駄目よ。彼もペットがいるから、二人が一緒になるとすぐ喧嘩になるの」
しかも紀伊は最近くきに好意を示していた。くきは仕事以外での関係を避けたがっており、余計なトラブルを避けるためだった。
*
くきは予定を組み直し、出張メンバーを確認して飛行機とホテルを手配した。
いつの間にか右まぶたがピクピクと痙攣し始め、止まらず何度も震えた。
右まぶたの痙攣は金運の兆しか、それとも災いの前触れなのかと、くきはふと考えた。
くきはネットで調べ、それが厄災の前触れだと知ると心臓がどきりとし、何か不吉なことが起きるのではないかと不安になった。
運のバランスは偏ることがある。突然百万円を手に入れたぶんだけ、どこかでしっぺ返しが来るかもしれないと、くきは直感的に思った。
くきは両手を合わせて小さく祈り、「お願いします」と心の中で何度もつぶやいた。
出発直前、トラブルが起きた。社長の義母が転倒して入院し、容態は深刻だったため社長は病院へ向かった。くきは数人の副社長とともに先に大阪へ飛び、予約したホテルにチェックインした。
くきは休めなかった。翌日の接待の下見で個室の雰囲気や料理を確かめる必要があったからだ。
相手は雲瀾グループの社長で、社長はこの会談を非常に重視していた。数ヶ月にわたる調整の末にようやく了承を得た相手で、ミスは許されなかった。
指示を受けてから、くきは気を引き締め、ネットで相手に関する情報を集め、好みを探った。会ったときに印象を良くしたかったからだ。
だが期待に反して、情報はほとんど見つからず、写真すら見当たらなかった。
かなり謎めいた人物だと、くきは思った。
搭乗前に親友から借りた車がホテルに預けてあったため、くきはフロントへ行き、身分証を提示するとスタッフが車のキーを渡した。
くきはLINEで駐車位置を確認して地下駐車場へ向かうと、スマホに親友からのメッセージが届いた。
甘粕葉月(あまかす はづき):【大阪ついた?】
甘粕葉月:【今夜時間ある?新しい彼氏を紹介したい】
くきは車を見つけてドアロックを解除すると、画面に素早く返信した。
小鳥はパクチーを食べない:【先月別れたばかりじゃないの?】
甘粕葉月:【それが何?あのクズのために喪に服すつもり?】
小鳥はパクチーを食べない:【……】
くきは一瞬おしゃべりを切り上げ、仕事のことを伝えた。【まず仕事片付ける、夕食は行けそう。車借りてるけど迎え行く?】
甘粕葉月:【いらないよ〜彼氏が迎えに来るから】
くきはスマホをバッグにしまい、シートベルトを締めてエンジンをかけた。
くきは一時的に八つ掛けの心を抑え、本題に戻した:【まず仕事を片付けるけど、夕食は大丈夫だと思う。あなたの車を運転してるけど、迎えに行く?】
甘粕葉月:【いらないよ〜彼氏が迎えに来るから。へへ】
くきはスマホをバッグに放り込み、シートベルトを締め、車を始動させた。
道に不慣れだったため、ナビを頼りに慎重に運転していた。手のひらは汗で湿り、
集中していたそのとき、植え込みからオレンジ色の影が飛び出した。小さな猫だった。
猫を避けようとして急ハンドルを切ると、「バン」という衝撃とともに車が揺れ、体が前にのめった。
必死にハンドルを握りしめ、顔を上げた瞬間、フロントガラス越しに追突してきた車を見て血の気が引いた。
ぶつかった相手はロールスロイスだったのだ。
(心の中で)「ロールスロイスって小説の中だけにあるんじゃないの?」と、くきは呟いた。
なぜ現実になった⁉