第9話:真っ白
[冬夜の視点]
病院を出た冬夜は、タクシーの後部座席でスマートフォンを取り出した。
紅の容態は安定していた。医師からも「問題ない」と言われ、ひとまず安心できる。
結婚式まで、あと数時間。
雪音にメッセージを送る。
『今から向かう。先にホテルで待っててくれ』
送信ボタンを押したが、返信は来ない。
冬夜は眉をひそめて、メッセージ履歴を遡った。
「あれ?」
最後に雪音からメッセージが来たのは、半月も前だった。しかも、自分の返信を見返すと、どれも素っ気ない一言ばかり。
『わかった』
『後で』
『忙しい』
冬夜の胸に、得体の知れない不安が広がり始めた。
雪音が精子提供の話をした時の表情が、脳裏に蘇る。あの時、彼女は初めて辛そうな顔を見せた。でも、自分はその時何と言ったのだろう?
「運転手さん、もう少しスピードを上げてもらえますか」
「承知いたしました」
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雪音は空港の搭乗ゲートで、最後の搭乗案内を聞いていた。
手荷物検査を終え、出発まであと三十分。
彼女のスマートフォンには、冬夜からの着信履歴が十数件表示されていたが、電源を切った。
「もう遅いのよ、冬夜」
雪音は呟いて、搭乗券を握りしめた。
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[冬夜の視点]
ホテルのロビーに到着すると、母親と友人たちが既に集まっていた。
「冬夜!」
母が駆け寄ってきた。
「遅いじゃない。雪音ちゃんは?」
冬夜は周りを見回した。雪音の姿はない。
「あれ、雪音は?」
友人の一人が首をかしげた。
「君一人で来たの?しかも普段着で」
冬夜は自分の服装を見下ろした。確かに、結婚式にふさわしい格好ではない。
「雪音は......宴会場のチェックをしてるんだと思う」
冬夜は取り繕うように答えた。
でも、その直後に気づく。
自分は、どの宴会場で式を挙げるのかすら知らない。
すべて雪音に任せきりだった。
「すみません」
冬夜は近くのホテルスタッフに声をかけた。
「白鐘の名前で予約した披露宴会場を教えてもらえますか」
スタッフは端末を操作して、確認した。
「はい、3号ホールでございます」
冬夜は一瞬安堵した。
「ありがとうございます」
しかし、スタッフは予約表の備考欄を見て、困惑した表情を浮かべた。
「あの......」