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10.71% 俺、感情回収師。始まりは神の涙を回収したことだった / Chapter 3: 第三章:最初のお願いと、失くしたロケット

Kapitel 3: 第三章:最初のお願いと、失くしたロケット

僕の日常が非日常に侵食されてから、数日が過ぎた。

昼は高校生、放課後は古物店『時のかけら』のアルバGイト。ここまでは何も変わらない。変わったことと言えば、僕の視界の隅に常に半透明のステータスウィンドウが表示されるようになったことと、時折、店主の月読さんから奇妙なレクチャーを受けるようになったことくらいだ。

曰く、感情の光には様々な種類と純度があること。

曰く、回収した感情ポイントは、スキルの強化や新たなスキルの習得に使えること。

曰く、僕が回収した《永久の哀》のような神話級の感情は、世界のバランスを揺るがしかねないほど危険な代物であること。

「さて、神木くん」

ある日の放課後、店内の掃除を終えた僕に、月読さんが優雅に微笑みかけた。

「あなたへの、最初のお願いの時間よ」

彼女がカウンターの上に置いたのは、一枚の学生証だった。見覚えのあるデザイン。僕が通う高校のものだ。写真に写っているのは、快活そうな笑顔の女子生徒だった。

「彼女は、うちのお得意様からの紹介でね。大切なものを失くして、ひどく落ち込んでいるそうよ」

「大切なもの、ですか」

「ええ。亡くなったお祖母様の形見だという、ロケットペンダント。警察にも届けたけれど、見つからなかった。……あなたなら、見つけられるんじゃないかしら?」

月読さんの黒曜石の瞳が、悪戯っぽく細められる。これはテストだ。僕がこの力でどこまで出来るのか、彼女は試しているのだ。

【新規クエスト発生:失われた想いを探して】

【内容:依頼人のロケットペンダントを発見し、持ち主の元へ返却してください】

【報酬:感情ポイント200、スキル『記憶の残滓(メモリー・トレース)』】

新たなスキル! しかも、名前からしてかなり有用そうだ。断る理由はない。

「やります」

僕が即答すると、月読さんは満足げに頷いた。

翌日、僕たちは依頼人である女子生徒――倉田(くらた)さんに会うため、高校の屋上に来ていた。昼休みだというのに、彼女の周りだけ空気がどんよりと淀んでいる。僕の目には、彼女の全身から立ち上る、濃い灰色の《憂鬱》と、チリチリと火花のように瞬く《焦り》が見て取れた。

「昨日、このベンチで友達とお弁当を食べて……その時は、まだ確かにあったんです」

倉田さんは俯いたまま、力なく言った。

「でも、教室に戻って気づいた時にはもうなくて……」

僕はスキル『低級鑑定』を、彼女が座っていたベンチに使ってみた。

【アイテム】ごく普通の木製ベンチ

【残留感情】微量の《楽しさ》、希薄な《友情》、そして……非常に濃密な《喪失感》の痕跡。

これだ。僕は痕跡に意識を集中する。すると、僕の視界にだけ、淡い光の道筋のようなものが見えた。倉田さんが屋上から教室へ戻った時のルートだ。

「少し、校内を歩いてみてもいいですか?」

「え、ええ……」

月読さんと倉田さんを伴って、僕は光の道筋を辿る。階段を下り、廊下を曲がり、やがて僕たちの教室の前で、光の道はふつりと途絶えていた。しかし、そこには別の感情が渦巻いていた。

インクをぶちまけたような、黒く粘つく感情。これは……《嫉妬》?

僕は『低級鑑定』の対象を、教室のドアから、中にいる生徒たちへと切り替えていく。そして、ある女子生徒を捉えた時、ウィンドウが反応した。

【名前】高梨(たかなし)美優(みゆ)

【状態】平静(表面上)、罪悪感、嫉妬

【特記事項】強い輝きを放つ小物(金属製)を所持しています。

間違いない。僕は高梨さんの机へ近づく。

「高梨さん、少しだけ、鞄の中を見せてもらってもいいかな」

「な、何よ急に! 人の鞄を勝手に見るなんて!」

高梨さんは、あからさまに動揺していた。彼女から発せられる《罪悪感》の光が、チカチカと点滅している。

僕は彼女をまっすぐに見つめた。

「そのロケット、すごく悲しんでる」

「……え?」

「持ち主から引き離されて、ずっと泣いてるんだ。温かい《愛情》と、キラキラした《思い出》が詰まった、綺麗な光の塊なのに。今は黒い《嫉妬》の感情に汚されて、苦しそうにもがいてる」

僕の言葉に、高梨さんの顔が青ざめていく。僕には感情はない。だから、責めているつもりはない。ただ、僕に見える“事実”を淡々と述べているだけだ。

「……ごめんなさい」

やがて、彼女は小さな声で呟くと、鞄の奥から銀色のロケットを取り出した。倉田さんが駆け寄り、それを受け取る。

「ああ……! よかった……!」

倉田さんの全身から、灰色の《憂鬱》が嘘のように消え去り、代わりに太陽のような暖かい黄金色の《歓喜》と、涙の粒のような純粋な《感謝》の光が溢れ出した。

そして、彼女の手に戻ったロケットからは、今まで見たこともないほど、純粋で力強い光が放たれていた。それは、お祖母さんが彼女に向けた、何十年分もの《愛情》の結晶。

僕は、その黄金の光の塊に手を伸ばし、心の中で命じた。

――回収(コレクト)!

【極めて純度の高い《愛情》の回収に成功。感情ポイントを500獲得しました】

【クエスト達成。報酬としてスキル『記憶の残滓(メモリー・トレース)』を付与します】

胸に流れ込んできたのは、ひだまりのような温かさだった。それは僕の心を動かすには至らない。でも、悪くない感覚だな、と初めてそう思った。

帰り道、月読さんが隣で微笑んだ。

「初仕事、お見事だったわ、神木くん」

「……月読さんは、こうなるって分かってたんじゃないですか?」

「さあ、どうかしら?」

彼女は悪戯っぽく笑うと、空を見上げた。

「でも、覚えておくといいわ。純粋な善意の感情は、私たちにとって最高の“糧”になる。そして同時に、悪意に満ちた感情から身を守る、最高の“盾”にもなるのよ」

その言葉の意味を、僕が本当の意味で理解するのは、もう少しだけ先の話になる。


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