第5話:救済者の到来
[詩織の視点]
強い腕に支えられて、私は恐る恐る顔を上げた。
見覚えのある顔だった。昨日、役所で一緒に入籍手続きをした男性。月城暁(あかつき)。
「怖がるな。俺がいる」
彼の声が私の耳元で囁かれる。その瞬間、荒れ狂っていた心が嘘のように静まった。
会場がざわめいている。人々の視線が私たちに集中していた。
暁は私をそっと立たせると、晃牙たちとの間に割って入った。まるで盾のように、私を守るように。
「あんた誰だよ」
晃牙が険しい表情で暁を睨んだ。
「詩織に雇われた役者か?いくら貰ったんだ?」
暁は微笑んだ。穏やかで、それでいて威厳のある笑みだった。
「役者?」
彼は首を振った。
「俺は月城暁。詩織の夫だ」
会場が一瞬静まり返った。
晃牙の顔が青ざめる。
「まさか...本物の?」
「本物も何も、俺以外に月城暁はいないからな」
暁の声は落ち着いていたが、そこには揺るぎない自信があった。
私は床に落ちた結婚証明書を拾おうとした。汚れてしわくちゃになった紙を見て、胸が痛んだ。
暁がそれを受け取って、丁寧にスーツの内ポケットにしまった。
「大切な書類だからな」
彼の優しい仕草に、私の目頭が熱くなった。
晃牙の心は嫉妬と怒りで煮えくり返っていた。詩織が自分以外の男と結ばれるなど、考えただけでも腹が立った。彼女は自分のものだったはずなのに。
「詩織とはどうやって知り合ったんだ?」
晃牙の声には隠しきれない敵意が滲んでいた。
拓海が嘲笑うように口を挟んだ。
「詩織は少し前まで晃牙に結婚してくれって懇願してたんだぜ?そんな女と結婚するなんて、よっぽど物好きなんだな」
[詩織の視点]
拓海の言葉が胸に突き刺さった。でも、今度は違った。
「晃牙を好きだった時期はあったけど、今はもう何とも思ってない」
私は毅然として言い返した。
「彼を好きだったっていうだけで、一生笑われ続けなきゃいけないの?」
会場が静まった。私の声が震えていないことに、自分でも驚いた。
暁が穏やかに口を開いた。
「若い頃、誰だって間違った人を好きになることはあるさ」
彼の言葉が場の緊張を和らげた。
「でも、それで人を笑うのは大人のすることじゃない」
晃牙の顔が真っ赤になった。でも、何も言い返せずにいた。