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Kapitel 3: 第03話:初恋の重さ

第03話:初恋の重さ

暁斗から贈られたピンクダイヤモンドのネックレスが、テーブルの上で冷たく光っていた。

美咲は論文の資料を広げながら、その宝石を横目で見る。いつもなら心が躍ったはずの贈り物も、今は単なる物質にしか見えなかった。花束も同じだ。薔薇の香りが部屋に漂っているが、もはや何の感慨も湧かない。

携帯電話を手に取る。数年ぶりに、あの番号をダイヤルした。

「もしもし?」

「優奈(ゆうな)?私、美咲」

「うそ、美咲!?あなたからの電話なんて何年ぶり!?まさか、耳が……聞こえるようになったの!?」

広瀬(ひろせ)優奈の驚きの声が、受話器から飛び出してきそうなほど大きかった。美咲は小さく微笑む。

「手術を受けたの。今度、会えない?」

「もちろん!明日の午後はどう?いつものカフェで」

電話を切った後、美咲は再び論文に向かった。語学力の回復は思うようにいかないが、それでも前に進まなければならない。

翌日の午後。

カフェの窓際の席で、美咲はコーヒーを前に優奈を待っていた。携帯電話が鳴る。暁斗からだった。

「美咲、頼みがあるんだ」

声が慌てている。いつもの落ち着いた暁斗らしくない。

「美影が38度の熱を出して、ぐったりしているんだ。生姜湯を作ろうとしたんだが……」

美咲の手が、コーヒーカップを握る力を強めた。

「どうして二回作っても、君が作るあの味にならないんだ?レシピを教えてくれ」

電話の向こうで、鍋をかき混ぜる音が聞こえる。暁斗の必死さが、音からも伝わってきた。

美影のために。

たった38度の熱で、これほど取り乱している。

――あの日のことが蘇る。

異国の研修先で、美咲は40度の高熱に倒れた。一人きりのアパートで、震えながら暁斗に電話をかけた。

『今、美影と食事中なんだ。明日、様子を見に行くから』

結局、暁斗が来ることはなかった。美咲は三日間、誰にも看病されることなく、一人で熱と戦った。

それが今や、美影がたった38度の熱を出しただけで、あれほど取り乱すなんて。

本当に、「初恋」の力は絶大なのだと思い知らされる。

砂糖の入っていないコーヒーを飲んでも、不思議と苦さは感じなかった。

「美咲?聞いているのか?」

「……生姜を薄くスライスして、蜂蜜と一緒に煮込むの。沸騰させちゃダメ。弱火で十分」

「ありがとう。本当に助かった」

電話が切れる。美咲は携帯電話をテーブルに置いた。

「お待たせ!」

優奈が息を切らして駆け込んできた。

「ごめん、遅れちゃって。実は昨夜、とんでもない依頼が舞い込んで……」

優奈は宝石商として働いている。美咲の向かいに座ると、愚痴をこぼし始めた。

「夜刀暁斗って人、知ってる?真夜中に電話してきて、最高級の翡翠の宝飾品を探せって。しかも今すぐに、よ?非常識にも程があるわ」

美咲の胸が、ずきりと痛んだ。

「それで、見つかったの?」

「何とかね。でも値段を聞いて腰を抜かしそうになったわ。一千万は下らない代物よ」

美影への贈り物。間違いない。

「優奈、相談があるの」

美咲は意を決して口を開いた。

「海外留学を考えているの。そのための資金として、これを売りたいんだけど……」

ピンクダイヤモンドのネックレスを取り出す。優奈の目が丸くなった。

「美咲、これって……」

「婚約者からの贈り物。でも、もう必要ないの」

優奈は美咲の表情を見つめた。冗談めかして言う。

「お金を積めば、シックスパックのイケメン家庭教師だっている」

でも、すぐに真剣な顔になった。

「本気なのね」

「ええ」

優奈は鞄から封筒を取り出した。

「だったら、これを使いなさい。来週の宝飾オークションの招待状よ。そこなら、適正価格で売れるはず」

数日後。

美咲は家を出る準備を整えていた。最後に、暁斗に電話をかける。

「夜刀家です」

朱里の声だった。

「暁斗さんはいらっしゃいますか?」

「兄は美影とウェディングドレスを選んでいるの。忙しいから、後にして」

一方的に電話が切られる。

美咲は深く息を吸った。もう、何も感じない。

オークション会場は、華やかな雰囲気に包まれていた。美咲は普段着のまま、会場の隅に立っていた。

司会者がステージに登場する。

「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。それでは、特別ゲストをお迎えしましょう」

スポットライトが当たる。

ステージに現れたのは、暁斗と美影だった。美影の首元で、翡翠の宝飾品が美しく輝いている。

優奈が探していた、あの最高級の翡翠。

美咲の足が、その場に釘付けになった。


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