壮絶な力の奔流が静まり、双子は肉体を形成して兄の少し前へ歩み出た。デヴィウスは、自らが引き起こした光景をただ静かに見つめていた。
旧き仲間に刃を向けたことで受けた精神の傷は消えず、彼は振り返るべきか一瞬悩んだ。
だが戻っても足手まといになるだけであり、彼女たちが再び武器を握れるほど意識を取り戻せば、また戦いが始まるだけだ――その答えは明白だった。
静寂に包まれた森。その沈黙を、敗れた隊長たちの荒い息だけが破っていた。
そしてその呼吸さえも飲み込むように、決意の滴る声が森に響いた。
「――待ちなさい!」
デヴィウスの足が止まった。背を向けたままでも、その声の主が誰かすぐに分かった。椿・リュウファング。怒りは忠誠心を越え、執念へと変わっていた。
ゆっくり振り返ると――
立ち上がっていたのは五人。
砂塵をまとい、血と汗と誇りだけで身体を支える五つの影。
椿は震えながらも剣を握る。
尾花鶴は血まみれの笑みを浮かべる。
幼き騎士・メダカは砕けた鎧のまま前に立つ。
クローンのスラヴィは無表情のまま刀を構えるが、指先は震えていた。
そして中心に立つのはサブリナ。霊剣が眩い光を放っていた。
「現れよ、モルガナ…」
サブリナが息を切らしながら呟くと、桃色の超能力の爆風が彼女を包んだ。
光が消えると――
そこに立っていたのは、精神エネルギーだけで構築された巨大な猫の戦霊。
長い触鬚のような超能力の髭、そして舞う髪。両手には意志すら断つ刃のごとき双杖。
「現れよ、キノロチ!」
スラヴィの足元から巨大な黄金の大蛇が姿を現し、黒い斑点を煌めかせながら毒気を吐き出した。
「現れよ、ジャンジュ!」
メダカの背後に、女性型の巨大なゴーレム騎士が顕現する。
尾花鶴は血に濡れた微笑みと共に刃を構え、
椿はただ沈黙の構えを取った。その全身から迸る黄色いオーラは、乱れながらも殺意を帯びていた。
「これが…最後の力よ。」尾花鶴が低く言う。「あなたを捕らえる。それが、あなたに教わった者としての礼儀。」
「ハハハハ――まったく、その通りだ。」
デヴィウスは苦笑した。失望と、妙な誇りが胸に混ざる。
双子が前に出ようとした瞬間――
「来るな。」
その一言は静かだったが絶対だった。
デヴィウスは歩き出す。
その姿は闇に溶け、赤い肌が月光を受けてわずかに輝いた。
「たいしたものだ、隊長たち。だが――絶望から引き出した力で、深淵の差は埋まらない。」
「――守護者、討ち倒せッ!」
メダカの幼い怒号と共に、五つの必殺が一斉に放たれた。
巨大なゴーレムの剣が振り下ろされ、
大蛇の毒霧が森を覆い、
尾花鶴が三日月の刃を描いて斬りかかり、
椿が雷鳴と共に消え――現れ、
サブリナの精神弾が空間を砕く。
山すら削るだろう総攻撃。
デヴィウスは静かに目を閉じた。
これは過剰だ。だが必要だった。
彼女たちへの慈悲と敬意を示すために。
「……いいだろう。」
目を開いた。
瞳の二重円が月光を裂き、影が彼の足元で渦巻く。
そこから――ゆっくりと、禍々しい霊剣が現れた。黒い柄に赤い紋。
「――現れよ、フリスト。」
紫黒の霊力が爆ぜた。
大地はひび割れ、森は闇に塗りつぶされ、骨が隆起し、地獄のような光景が広がった。
無数の骨が結集し、肉をまとい、布をまとう。
やがて現れたのは――
月を背景に跪く、巨躯の女。
白い肌、流れる紫髪。
黒い湾曲の角に小さな髑髏の装飾。
赤紫の義眼帯を左目に。
上半身は深紅の和風ヴィクトリアン、下は漆黒の重なるスカート。
その姿だけで世界が震える。
彼女こそ、霊剣フリストの顕現――“罪を統べる女王”。
大蛇もゴーレムも子供の玩具のよう。
スラヴィの毒霧は、彼女の存在だけで消滅した。
尾花鶴の刃は胸に触れた瞬間、火花と共に蒸発した。
椿の刺突は痕すら残せず、腕が痺れて動かなくなる。
サブリナの精神弾が顔に直撃しても、彼女は瞬きすらしない。
二発目は指先で払われ、遠方の森を粉砕した。
そして――フリストは静かに手を上げた。
THUMP
軽く叩いただけで、メダカのゴーレムは砕け、少女は気絶した。
PAM
蛇の毒霧を一瞬で巻き返し、スラヴィは自らの黒い毒霧に呑まれて崩れ落ちた。
TAP
尾花鶴に指先が触れ、彼女は笑みを残したまま倒れた。
CLAP
椿が目の前に現れた瞬間、巨体とは思えぬ速度で両手を合わせ――椿は遠くの木々まで弾き飛ばされた。
CLAMP
最後にサブリナ。
フリストの片目が妖しく光った瞬間、サブリナの意識は闇に沈んだ。
フリストはゆっくりと霧散し、残されたのはデヴィウスのみ。
五人の隊長は倒れ、だが生きていた。
「兄さん! だいじょうぶ!?」
双子が駆け寄る。
「問題ない。」
霊剣は影に沈み、デヴィウスは夜空を見上げた。
「ただ……終わるべき戦いに疲れただけだ。」
倒れ伏す教え子たちを見て、彼は最後の言葉を残した。
「学び、成長し、ヒナタ=ソウルを守れ。
だが――もう二度と俺を追うな。」
彼は闇に溶けていく。
かつての主に挑み散った五人を残し、
森は再び静寂に沈んだ。
デヴィウスは、自らが故郷に犯した最後の“罪”が、
倒れてゆく彼女たちの影の中へと吸い込まれていくのを感じながら、
胸に残った最後の希望の火が静かに消えていくのを感じた。
© D.S.V. — 絹をまとう罪、ネオンに血を流す魂
無断転載禁止
作者ノート:
「Requiem of Lust」日本語版の公開を、ずっと楽しみにしていました。
本作は、戦いに傷ついた悪魔・デヴィウスが、
罪と欲望の狭間で “人間の闇” と向き合う物語です。
彼の選択は常に正しくありません。
時に残酷で、時に弱く、時に赦されるべきではないほどに歪んでいます。
それでも、彼が見つめる世界には——
閉ざされた心を揺さぶる “美しさ” があると信じています。
この日本語版が、皆さまの想像力を刺激し、
読後に静かに残響するような読書体験となれば幸いです。
応援、心より感謝いたします。