木々の間をすり抜けて走ると、森道が見えてきた。
腰くらいまで伸びた林を飛び越えて道に出ると、再び雄たけびが上がる。
「くそっ! なんでこんなところに魔獣が!」
「アリアンナ様は無事か!?」
「わからん! 来るぞ!」
そこには豚――いや、猪か。それも体高だけで人の倍はある生物が、鎧を着た兵士たちと戦っていた。
荒い息を上げて、その口から生える牙で兵士を蹴散らす。
ふと横を見ると、そこには道から外れて木にぶつかっただろう馬車があった。
中に人がいる。
そう直感した俺はすぐさま馬車にかけより、その扉を開けた。
「おい! 大丈夫か!?」
中には赤いドレスの桃髪の少女が倒れている。だが、呼びかけには応じない。
俺は少女の腕を引っ張って肩を担ぐと、魔獣から遠ざけるように馬車の裏へと運ぼうとした。
「うっ……」
「生きてる! 今、安全なところに――」
言いかけたその瞬間、背後でひと際大きな雄叫びが上がる。
俺が振り向くと、魔獣の目がこちらを向いているのがわかった。
そして、前足で地面を削り、突進の予備動作をする。
「なんでこっちを狙うんだよ!」
そんな言葉を吐き捨てても、魔獣は止まってくれない。
予想通り、魔獣は兵士たちに目もくれず、俺たちへと突進してきた。
――マズい!
この少女を抱えたままでは逃げられない。
かといって、少女を見捨てるという選択肢は俺にはなかった。
そのとき、俺の中でドス黒い感情が沸き上がる。
向けられた殺意に反応して、俺の闘争本能とでも言うべきものが膨れ上がった。
俺は少女を地面に投げ出すと、歯を食いしばる。
もうすでに魔獣は目の前に迫っていた。今から避けようとしても無理だろう。
あの化け物が俺を殺そうとするなら、俺は――。
「ブオオォォォォ!」
――俺は……!
魔獣が眼前にまで迫る。
だが、俺の心に怯えはなかった。
あったのは、圧倒的な怒り。
――こいつを殺すッ!
金属が打ち合わされたかのような轟音が響く。
俺は生身の状態で、魔獣の牙を掴んでその突進を止めていたのだ。
そして、さらなる怨嗟のようなものが俺の体を駆け巡る。
「ううぐぁぁぁァァッ!」
城のときと同じだ。
俺の体を赤い結晶のようなものが包んだ瞬間、赤い岩石のような体へと変身していた。
突き動かされる怒りのまま、俺は魔獣の頭を殴りつける。
「グアァァァァァッ!」
俺はこん棒のような腕で魔獣の頭を何度も、何度も殴りつけた。
それでも魔獣は死なない。
俺は満ちる悪意を発散するように、全身の力で魔獣を蹴り飛ばした。
体重など計り知れないほどあるはずの魔獣が、凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。
それでも俺は止まれない。
「ウグアァァァァァッ!」
俺は自分の頭を何度も殴りつけた。
この力から解放されたい。その一心だった。
「ほう……」
そのとき、後ろから声がする。
振り向くと、赤いドレスを着た桃髪の少女が自分を見て、薄く笑っていた。
駄目だ。逃げろ。今の俺に近づいちゃ駄目だ!
「ウウガガガガァァ!」
俺は抑制の効かない悪意を持って、少女へと近づく。
やめろ。その子は何もしてない! 止まってくれ! 俺はもう――。
俺は腕を振り上げて、少女の頭を殴りつけようとした。
――誰も殺したくない!
「……殺さんのか?」
気がつくと、少女の頭を殴りつけようとしていた腕は、その寸前で止まっていた。
震える全身で、俺は自分自身が壊れそうな意志を持って、悪意に抗っていたのだ。
「私を喰いたいか? そうであろう?」
「ウウウゥゥゥゥッ!」
「しかし、その欲望に抗うか。なんと嘆かわしい姿よ。ふふっ……気に入った」
少女は、馬車の中でぶつけたのか、こめかみに血を流している。
だが、それを気にした様子もなく、ドレスの胸元を破った。
そこには、黄色く輝く宝石が見える。
それを見た俺の悪意がさらに増すが、耐える。耐えてみせる。
「よかろう。その衝動に抗う力を貴様に授けよう。我が意志を、我が力を、我が寵愛を受け取るがいい」
少女は胸の宝石を囲うように指印を切ると、輝きが放たれた。
そして、その輝きを俺の胸へと押し付ける。
キィン、という綺麗な音と共に、俺の体は再び結晶に包まれた。
触れることのできない結晶の幻影――それが俺の胸へと収束したとき、体が光に包まれる。
気がつくと、俺を突き動かしていた悪意はなくなっていた。
それだけじゃない。
俺の姿は、赤と黄色、そして着ていた学ランの色合いを混ぜた色合いへと変化していたのだ。
腕はもうこん棒のようなものではなく、しっかりと指が動かせる。
自分で見下ろしただけでは全貌はわからないが、ロボットとスーパーヒーローを足して割ったような姿だ。
前髪も見るに、黒から赤へと変化しているものの、しっかりと髪の毛がある。
特に、赤だった胸の宝石は、そのふちを黄色い宝石に囲われていた。
「これ、は……」
「ほう。捨て犬にしては見られる顔であるな?」
「犬って……」
随分と偉そうに喋る少女に、俺は絶句する。
「俺、どうなったんだ? 君は?」
「その前にやるべきことがあるであろう。ほれ」
少女はそう言って横を指差した。
見ると、俺に放り投げられて倒れていた魔獣が体を起こすところだった。
「見せてみよ。我の力、そして貴様の意志を」
言われて、俺は自分の右手を見る。
腕には杭のようなものがついていて、それが武器だと直感した。
俺の……意志。
ぐっと手を握りしめると、あんな魔獣なんて怖くないという不思議な自信が湧いてくる。
俺は、守りたい。誰かを、この子を、そして、自分の意志を。
そう決意して、俺は魔獣へと走り出した。
魔獣も俺に向かって再び突進してくる。
俺と魔獣は目算で二十メートルは離れていただろう。
だが、その距離は一瞬で縮まり、俺は不思議と恐れのない心で腕を掲げた。
再び魔獣と俺は激突する。
凄まじい衝撃に全身を打たれるが、耐えることができた。
その上で、今度は片手で魔獣の突進を受け止めている。
「うおお――ッ!」
俺は腕を薙ぎ払い、魔獣の頭を振り払った。
さらにその顎を足で蹴り上げると、簡単に魔獣の体が浮く。
俺はその下に体を滑らせた。
「ブオオッ!」
踏み潰してやる、とでも言いたげな雄たけびを上げて、魔獣の体が迫ってくる。
だが、そのときには俺は右腕に力を溜めていて、その撃発のタイミングを計っていた。
使い方なんて教わっていない。けれど、どうすればいいかがわかる。
右腕の杭を囲むように、三方向に弓のようなものが展開した。
肘の先まで伸びた杭が、今まさに飛び出さんと張力に耐えている。
そして、俺は魔獣の胸を狙って、叫んだ。
「貫けぇぇぇぇッ!」
俺に覆いかぶさる巨躯に、右腕を打ち込む。
同時に凄まじい音がして、杭が猛烈な勢いで射出された。
――パイルバンカー。
恐らく元の世界ではそう呼ばれる武器は、魔獣の心臓を、そしてその奥の背骨をも砕いて、貫通する。
魔獣はその一撃にビクンと体を震わせた。
そして、やがてだらんと四肢をぶら下げた。
俺は杭を引き抜くと同時にバックステップすると、土煙を上げて魔獣は地面へと倒れ伏すのだった。
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