何だあれは? それを目撃したトールは自然と眉をひそめた。
それは四足のドラゴンだった。いや、ドラゴンというにはその体は異質だった。たとえるなら、ドラゴンの頭を持った馬のような生き物である。尻尾はしっかりドラゴンのそれで、翼はないが、草原をすさまじい速度で駆けてくる。
しかも――
「体が燃えている……!?」
そのドラゴンの所々が火をまとっていた。ドラゴンが走ってきた地面の草が焦げて、火がついているところさえあった。……なんて環境に迷惑な生き物なのか。
「あれで火傷しないのか」
「あれは死竜だ」
ブランが答えた。
「あいつはアンデッドだ。だからとっくに死んでいるんだ!」
アンデッドドラゴンとでも言うのか。トールは苦い顔になる。
「俺に聖騎士の力があったなら……」
神の加護による神聖力で、魔なる者、死者も浄化できた。
聖騎士の身分を剥奪され、加護の力を引き剥がされていなければ、対抗するのも難しくなかっただろうに。
トールは向かってくる死竜を睨みつける。そして違和感をおぼえる。
「……思ったより大きい、か?」
遠くから向かってくるのだが、地形が開けて見通しがいいために、いまいち大きさがわからなかった。
周囲に比較対象できるものがないせいだ。高さは四、五メートル。全長は……正面を向いているからわからない。
「これは人間が普通に戦うような相手じゃないだろう……」
「お前はあれより十倍も長い海竜ヴォーテクスをやっつけただろうが」
ブランが叱咤するように言った。
「あれを倒さないと黄金郷へは行けないぞ。お前は故国の呪いを解くつもりなのだろう?」
そうだ。ここで怯んでいる場合ではない。トールには、やらねばならないことがある。
「もちろん、そのつもりだ」
だが考えなしに突っ込んでどうにかなる相手でもない。近付けば踏み潰されるのがオチだ。たとえるなら騎兵突撃に丸腰で挑むようなものだ。さすがにそんな間抜けなことはできない。
「来るぞ! 身を隠せ!」
死竜が突進してきた。さすがに攻撃するには手遅れだ。まずはやり過ごす!
休憩に利用した大岩を盾にするようにその裏に引っ込むトールとブラン。凄まじい熱気が肌を撫でた。ドスンと大きな足が近くを踏みしめ、そして駆け抜けた。
あの大きさは反則だろう、とトールは通過した死竜の後ろ姿を凝視する。草が燃えた臭いが鼻腔をくすぐった。直撃していたら、こちらもただでは済まなかった。
――俺の魔法であれを止めるのは至難の業だな。
距離をとった死竜がターンする。そのままどこぞへ立ち去ってくれたらよかったのだが、どうやらテリトリーに入ったトールたちを見逃すつもりはないらしい。
「ブラン、得意の魔法で死竜の動きを止められないか?」
動きさえ止められれば、海竜の脳味噌を潰した渾身の衝撃魔法であの頭を吹き飛ばすこともできるだろう。何せ海竜に比べれば体も小さい。
「止められるかわからないが、勢いを殺すことはできるかもしれない。あいつは光属性が比較的弱い!」
ブランの掲げた杖から、光の蛇が無数に飛び出して死竜に襲いかかった。死竜のスケールからすると、光の蛇は長いが小さい。しかしその直撃は、死竜の表面をジュッっと溶かし、騒音にも似た大きな音を立てた。
大した威力はなさそうに見えて、死竜が天に届けとばかりに絶叫した。アンデッドだから感覚も死んでいるかと思ったが、痛覚は残っているようだった。
「効いているのはいいが……」
死竜が止まる様子はない。再びチャージをかけてくる巨大な魔獣。岩の反対側に隠れないと今度こそ蹴飛ばされるか、炎で炙られる。
「止まらないぞ!」
「止められるかわからないと言った!」
ブランの杖の光のヘビが、死竜の前脚に絡まる。焼けるような音が響き渡り、腐った肉を焦がして骨を溶かせば、ガクンと死竜がつんのめった。前足二本が光の蛇によって両断されたのだ。
「ほら、これで文句はないな!?」
「上出来だ!」
トールは手に魔力を集める。死竜は頭から地面に突っ伏した。そして加速していた勢いで草原を抉り取りながら、前へと滑ってくる。つまり、トールの眼前に。
頬がひりつく。死竜の燃える熱は近づくほど周囲を焼く。一点に凝縮した魔力をハンマーで叩きつけるように、眼前にまで滑って迫ってきた死竜にぶつける!
「インパクトッ!!」
死竜が頭が潰れた。集めた魔力の一撃でプレスされ、死竜の顔面が消滅した。脳は潰れれば、死体といえど体が動くことはないに違いない。
「……って、あつっ!」
トールはその場から離れた。動かなくなった死竜だが、まだ周囲を焦がす熱は残っていた。足元の僅かな長さの草も焼け焦げ、あっという間に燃え尽きた。
「ブラン、ナイスアシストだ」
「トール……」
黄金郷の魔女は、何とも言えない表情を浮かべている。
「この死竜、十二の大魔獣にしては手応えがない」
「違うのか?」
「いや、力を感じるのだが、それにしては弱いというか……」
「これで弱い?」
十二の大魔獣というのは、こんなものではないというのか。トールが首を振れば、ブランは困ったように眉を動かした。
「いや、弱いは弱いでも強さの意味とは少し違う。……あ」
そこでブランは気づいたように遠くへと視線を向けた。
「理由がわかったぞ、トール。この死竜は、十二の大魔獣のうちの一体だが、そこからさらに分かれているうちの一体だ」
「どういうことだ?」
あれを――とブランが指さした。草原の彼方から、今しがた倒したのと同じような死竜が駆けてくるではないか! それも二体!?
「同じ奴が他に二体もいるのか……!」
冗談じゃないとトールは思った。一体を倒すだけで、相当な魔力を使った。その上、次は同時に二体と戦うことになりそうだった。一体ずつならまだしも、二体がセットでは先のような戦い方はできない。
「一難去ってまた一難、ってことか」
本当に聖騎士の力が使えないことを呪いたくなるトールであった。