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Kapitel 6: もう一膳、頼む

Redakteur: Inschain-JA

中村夏帆は珍しく恥ずかしそうに爪で顔を隠した。――この雌性、口が甘いな。飯ひとつ食べただけで褒めるなんて。

視線を落とすと、マヌルネコは丸い毛玉のように顔を覆っていた。座った下からは、尻尾の先がちらりと揺れている。時田菫は思わず胸をくすぐられるような感覚に陥った。

木村宇吉の獣形は確かに柔らかくて愛らしい。猫好きなら絶対ハマるだろう。猫に似た褐白色の毛並み、首の下には白い輪状の「よだれ掛け」のような毛。その体毛は厚手の綿入りコートのようで、表情も豊かだ。頬のヒゲはよく震え、仮に凶悪な表情を作っても、どこか無害に見える。

きっと、この獣形のせいで、時田菫は無意識に友人の猫を思い出していたのだ。仕事柄ペットは飼えないため、猫を触りたくなったら友人の家に行く。その猫が自分の手からおやつを食べ終えたとき、ついこうして優しく声を掛ける。

時田菫は立ち止まり、ふわふわした毛並みを眺めた。だが、視線をそらし空になった食事箱をロボットに差し出すと、ついでに他の監獄へ向かいながら呟いた。「食事箱は回収しますか?」

一号牢の食事箱は散乱の中に消え、二号は木村宇吉と中村夏帆のものをすでに回収済み。だから、今問うのは望月朔と桜井幻の分だ。

今日、斎藤蓮の精神力崩壊事件があったせいで、二人は食欲が落ちている。届いた食事箱にはまだ多くの料理が残っていた。

時田菫はふと目を落とす。――魚や肉ばかりで野菜はゼロ。少し重そうだ。

二人は態度が悪くない。ロボットが運んだので、木村宇吉のように床に投げ捨てることもない。彼女は優しく微笑んだ。

望月朔の漆黒のパンサーの顔には感情が読み取れない。桜井幻の赤い狐の口元は、僅かに笑みを湛え、時田菫に電眼を放った。

――長く独り身だと、狐でもこんなにも端正に見えるものなのか。

時田菫は少し眩暈を覚え、慌てて首を振る。その様子に、桜井幻の赤い瞳に一瞬、驚きが走った。

背後で中村夏帆がそれに気づき、ムッと鼻を鳴らす。

――この雌性、移り気すぎる。さっきは俺に笑ってたのに、今度は他の獣人に笑いかける。

彼は爪を噛み、扉を叩く。――成功だ。時田菫をこちらへ呼び寄せる。

「中村様、何か御用ですか?」

中村夏帆は鋭い牙を見せ、尖った声で言った。「もう一膳頼む。飯はいらん、肉だけだ。十分以内に持って来い。遅れたら、毎日このベルを押す」

時田菫はその言葉を聞き、先ほど抱いた「無害」という評価をそっと封印した。

――この男、絡むと面倒だ。

彼女はここから食堂までの距離を頭の中で計算した。十分はぎりぎり。肉を用意する時間を考えれば、遅れは許されない。即座に頷くと足早に去った。

必死に走って戻り、満杯の肉を抱えて戻ってきた。

時間を確認した中村夏帆は、ちょうど十分だったと満足そうに頷く。

息を弾ませる時田菫の肌は白く、牢内の自然光に照らされると紅みを帯びる。血色を増した唇は、いつもより艶めいて見えた。

中村夏帆は金色の瞳で彼女を軽く見つめる。そして尾が無意識に揺れる。「認めるぜ、十分でやりやがったな」と少し照れたように言った。

彼はロボットに食事箱を取りに行かせた。だが時田菫は防護門の窓口には置かず、口を開く。

「中村様、ご注文は期限内に完了しました。罰があるなら、褒美も必要でしょう」

「今回は時間通りに届けました。だから、今日これ以上緊急呼び出しボタンを押さないと約束してください」

少し息を切らしながら話す時田菫の声は、普段より柔らかく、調子が甘い。それでも表情は毅然としている。

中村夏帆は自然と彼女の紅い唇に視線を止めた。話の内容は半分も聞き取れず、朦朧と頷く。

ロボットが食事箱を持ってくると、彼はようやく自分が何を了承したのか気づく。

――くそっ、この雌性、精神体もきっと狐だ。そうじゃなければ、頭がくらくらするほど同意するわけがない。

牢獄長が綺麗事を言っても、結局は彼らの世話係。なぜ彼女の条件に従わねばならないのか?

だが、大の雄性は一度言ったことは守る。約束を反故にはできないのだ。

そう考え、中村夏帆はむっとしながらも肉をがぶりと齧る。毛皮に油が飛び散る。

少し躊躇し、雌性が門の前にいるのを気にして背を向け、爪で食事箱をかきながら静かに食べた。珍しく、その食べ方は丁寧だった。

時田菫は、肉を頬張る彼の揺れる尻尾と背中の丸みを見て、また胸の内がむずむずする。思わず手を軽く掻く。そして、一号牢の異変を思い出し、残る数人の中で一番態度が良さそうな桜井幻に訊ねた。「桜井様、斎藤蓮はどうなったのですか?あの部屋はどうしてあんな状態に……?」

桜井幻は首を振る。「良くない。斎藤蓮は今日、精神力崩壊を起こした。今回はかなり深刻で、理性を失っている」

なるほど、部屋があんな有様なのも納得だ。

時田菫は胸の奥で少しぞっとした。もし木村宇吉の言葉を鵜呑みにして扉を開けていたら――命は危なかった。

「彼は今、どこに?」

「ロボットが療養舱に移送した」

精神力崩壊は重度になれば発作も避けられない。各牢には療養舱が備えられている。帝国が彼らをただ死を待たせるつもりでも、表面上は体裁を整える。ましてや彼らは血統や能力を持つ獣人たちだ。黒溟星監獄の設備は整っている。

時田菫は桜井幻を見つめ、牢にいる面々を思った。木村宇吉以外、誰もがあの状態に陥る可能性がある。

そして、一度理性を失えば、生き延びる時間は短い。

彼女は星間ネットで調べた斎藤蓮の事績を思い返し、心の奥で惜しみの気持ちを抱いた。

精神力崩壊には打つ手がない。だが物語の後半、女主人公がある星で不思議な種を得て、その力で治癒する。

彼女は粗く本をめくっただけで、どこでそれが起きたのか覚えていない。

溜息を吐く。本では斎藤蓮は死ぬ。時期はわからないが、その日は遠くないのかもしれない。

「ありがとう、桜井様」時田菫は囁くように言った。

一号牢の前を通ると、整えられた部屋と、そばで食事箱を抱えるロボットをじっと見つめる。瞳に小さく光が宿った。

――最後の時間、できることがあるなら。彼が少しでも楽に逝けるように。

だって、斎藤蓮は本の中で、風光明媚に民を思う良き少将だったのだから……。


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