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66.66% 薬神のレシピ 〜救済か破滅か〜 / Chapter 6: 薬師の評判

Kapitel 6: 薬師の評判

朝、石畳の市場はもう人の声でいっぱいだった。

空を小さな配送鳥が行き来し、露店の魔法灯が薄く揺れている。

「昨日さ、南区で子どもの熱を下げた薬師がいたって」

「聖女見習いと一緒だったらしいぞ」

「いや、聞いたぞ。危ない調合だって。あれは一歩間違えば毒だ」

そんな声が往来に混じる。リリィが横で小声になる。

「……噂、早いですね」

「王都は足が速い」

ルークは肩のベルトを直した。

「形はすぐ変わる。中身だけ残ればいい」

「中身は残ります。昨日、ちゃんと見ました」

リリィは前を向く。

「今日も、助けましょう」

二人は薬師ギルドの扉を押した。

磨かれた床に朝の匂い。壁の薬草図、列をなして並ぶ瓶。魔法灯の光が静かに落ちる。

受付嬢が顔を上げる。

「おはようございます。昨日の南区から、報告が回っています」

「依頼は?」

「……複数、来ています。新人にしては珍しい数です」

後ろの机で帳面をつけていた薬師たちが、ちらとこちらを見る。

「例の、異端薬師か?」

「危なっかしい真似を……」

「でも治したんだろ?」

若い薬師がぽつりと言って、すぐ口を閉じた。

リリィが地図を開く。

「午前は西区の小診療所、午後は北の薬草買い付け補助が一件。どうします?」

「午前の診療所を先に。買い付けは日が高いうちなら間に合う」

「ルーク……だな」

低い声が背から落ちた。

振り返ると、濃色の外套を着た男が腕を組み、こちらを見下ろしていた。

肩章と徽章が目に入る。顔が利く上級薬師だ、と周りの空気が言っていた。

「F級が、ずいぶん早い」

男は近づく。

「噂は聞いた。奇妙なやり方で、熱を下げたそうだな」

「やり方はどうであれ、結果は一つです」

ルークは落ち着いて答える。

「苦しい子どもが、呼吸できるようになった」

「口が立つ」

男は鼻で笑った。

「奇妙なやり方は事故を生む。王都で薬師を名乗るなら、手順を守れ」

リリィが思わず一歩出る。

「でも——」

ルークが片手で制した。

「危ういかどうかは、結果で分かります」

空気が固まる。近くの机のペンが止まり、魔導秤の針が静かになる。

「なら、ここで見せてみろ」

男が顎で示した。奥の実演台。簡易の火口と器具が揃い、上には小さな魔導測定器が吊られている。

「題材は止血薬。正午前の診療で一番出る。支給薬草から選べ」

「わかりました」

ルークは台へ歩き、支給箱の蓋を開けた。

「止血苔、鉄根皮、凝光塩……十分だ」

男も隣の台に立つ。

「正統法でいく。新人はよく見ておけ」

人が集まってくる。列の向こうからも視線が伸びた。リリィが台の端に立ち、そっと息を吐く。

「始め」

二つの火が灯る。

男は迷いなく苔を煎じ、鉄根皮を刻む。

水温はやや高い。塩を後から一気に溶かし入れ、色は濃い赤褐色に落ち着いた。

ルークは手袋をはめ、道具を整えた。

「弱火。凝光塩は先に少量」

粉を指先に乗せ、鍋底へ溶かす。

水がわずかにさざめく。

「止血苔は繊維を開かせすぎない。表面だけ」

苔をほぐし、短く、浅く。

火から離す時間が自然と揃う。

「鉄根皮は薄く、数を揃える。渋みが勝つと遅く効く」

男の鍋が先に仕上がった。

瓶に移し、測定器に一滴。

淡い光が灯り、規定値に達する。周囲が頷く。

「安定してる」

「良い出来だ」

ルークの鍋では、泡の大きさと音が変わらない。リリィが小声で問う。

「今は?」

「塩の核を作っている。薬草が絡みやすい形に」

「……難しいこと言ってます」

「あとで図にする」

ルークは鉄根皮を三度に分けて入れ、最後にごく少量の凝光塩を指先から落とした。

色は薄い琥珀。濁りがない。

「瓶」

リリィが差し出す。ルークはうなずき、移した液を光に透かした。

「測る」

測定器に一滴。器が小さく、しかし長く光った。周囲の息が揃って止まる。

「……効能値が、高い?」

「見たことない色だ」

若い薬師が呟き、すぐ口を押さえる。

上級薬師は顔をしかめ、測定器に目を寄せた。

「偶然だ」

「偶然は繰り返せません」

ルークは瓶の蓋を締めた。

「診療所に回すなら、飲みやすさを少し上げた配合もある。子ども向けに薄香草をひとつまみ」

「規定外の甘味は、服用を逸らす…」

男は吐き捨てる。

「現場で判断します」

ルークは短く返した。声は荒れない。

ざわめきが遅れて広がる。

「本当に灯りが長かったぞ」

「正統法より澄んでた」

「でも危なっかしい手順だって言ってたろ」

保守派がひそひそと声を潜める。

若手は目の色を変え、机の影でこそこそとメモを取る。

受付嬢は帳面を閉じ、静かにこちらへ歩いた。

「実演、確認しました」

彼女は落ち着いて言う。

「記録は薬師長に回します。……関心を持ち始めています」

上級薬師は外套を翻し、背を向けた。

「王都にいるなら、監視を忘れるな」

短い足音が遠ざかる。

リリィが肩の力を抜く。

「……空気、重くなりましたね」

ルークは器具を片づけながら言った。

「すぐ仕事に戻る。噂も仕事も、行ったり来たりだ」

受付嬢が紙束を渡す。

「午前の診療所、午後の買い付け。どちらもあなたを指名しています」

「指名?」

「昨日の所長と、商会の仕入れ係から。……珍しいことです」

「行きましょう」

リリィが地図を持ち上げる。

「午前は西区のミルト診療所。午後は北の香草市場の奥です」

「了解」

ギルドを出ると、陽は少し高くなっていた。

風が香辛料の匂いを運び、翼のある馬が空を一度横切る。

通りの上階の窓に、黒衣の影が一つ、静かに立っていた。視線が重なる。

男の指が窓枠を軽く叩く。音は届かない。次の瞬間、影は奥へ消えた。

「今日も、見られていましたね」

リリィが横目で窓を見上げる。

「ああ」

ルークは歩調を崩さない。

「敵が増えるのは仕方ない。救う方が先だ」

「はい」

リリィは笑って地図を折りたたむ。

「助けながら、ちゃんと伝えていきましょう。飲み方も、やめ時も」

西区へ向かう道は人が多い。

屋台の魔導灯が昼でも細く灯り、配送鳥の影が石畳に落ちる。

耳の端で、また噂が跳ねた。

「ギルドで実演があったって?」

「光が長かったらしいぞ」

「いや、危なっかしいって話も——」

「中身は残りますよ」

リリィは正面を向く。

「だって、今日も誰かが笑うので」

「そうだな」

ルークは肩の荷を持ち直した。

評判は広まった。手の平は簡単に返る。

味方の目も、敵の目も増えた。

けれど、道は同じ方向へ伸びている。二人はその上を歩き続けた。

石畳の先、ミルト診療所の屋根が、午前の光に明るかった。


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