小川宏樹の視線が突然、詩織のボロボロの服に落ちた。
彼の実の妹がこんなにも粗末な服を着ているなんて。
しかもそれも彼の仕業だったようだ。
以前、彼が海外出張の時に、ついでに秘書に二着のドレスをお土産として買わせた。
自分の妹へのプレゼントだった。
しかし美優は詩織が彼女のプリンセスドレスを破ったと言い出した。
彼はその時、怒りにまかせて誰にも詩織に服を買うことを許さなかった。
それで詩織には美優のお下がりを着せるだけにしていた。
このボロボロのドレスは、美優が7歳の頃に着ていたもののようだ。
詩織が痩せ型とはいえ、この服は彼女の体にはやや小さすぎた。
今振り返れば、詩織が彼女のドレスを破るはずがない。
まさか美優は、あの年であんな策略を思いつくとは思わなかった。
宏樹は恐ろしさを感じた。
でも幸いなことに、今世は騙され続けることはない。
「日が暮れる前に、帝都で一番良い子供服を峠の別荘まで送れ。10歳の女の子のサイズだ」
メッセージの送信が完了したのを確認して、宏樹はようやく満足そうに携帯をしまった。
「詩織、退屈だったら、兄さんと一緒にゲームしない?」
宏樹はそう言いながら、すぐそばにあったタブレットを手に取った。
この年頃の女子なら、みんなドレスアップゲームとか好きなんだろう?
宏樹がゲームのピンク色のメイン画面を開くのを見て、詩織は露骨に嫌そうな目を向けた。
彼女の体はまだ10歳だが、心の年齢はとっくに10歳を超えている。
しかも彼女は元々こういうバカげたゲームを好まなかった。
「私は美優じゃないし、いつも美優みたいに扱わないで」
詩織の冷たい言葉に、宏樹は胸が痛んだ。
彼はようやく気づいた。普段、子供とはあまり接していないのだ。
彼の理解している「子供が好きそうなもの」というのは、美優が以前好きだったものにすぎない。
「ごめん、詩織」
詩織は彼の謝罪を完全に無視して、脇にある本棚に目を向けた。
この部屋にこんなに大きな本棚があるとは思わなかった。
でもそっちの方が彼女の好みにぴったりだ。
退屈な時はいつも本を読んで時間をつぶせた。
詩織は適当に本棚から一冊の本を取り出した。
「『プログラミング言語』?」
詩織は眉を上げた。この部屋にプログラミングに関する本があるとは意外だ。
彼女はこういうものにずっと興味を持っていた。
しかし小川家の誰もそれを知らなかった。
なぜなら小川家には彼女の好き嫌いなど、気にかける人が一人もいなかったから。
詩織は何気なくページをめくった。この本はなかなか面白そうだ。
今世は前のように、あまりにも愚かで、達成不可能な任務をこなすようなことはしない。
飼い犬のように小川家の全員の機嫌を取ろうとしていた。
今世で任務を達成できなかったら、死んでまた輪廻に入るだけ。
しかし彼女は自分のために一度でも人生を支配するつもりだ。
そう悟った後、詩織の気持ちはすっかり晴れた。
小川家の連中がどうした。
彼女が気にしない限り、彼らは彼女を傷つけられない。
宏樹はまだ慎重に話題を探していたが、彼女が手に持っている本を見て、ようやく口を開いた。
「詩織は本が好きかい?」
「でもこの本は詩織には難しいかもしれないね。兄さんが童話や漫画を買ってくるよ。詩織が何の本が好きか、兄さんに教えてくれる?」
詩織は黙ったまま、本を持ってベッドに腰を下ろした。
宏樹を一切無視して、自分の手にある本を読み始めた。
宏樹は少し居心地悪そうにしながら、この部屋は以前、三男が使っていたことを思い出した。
三男の悠斗は国内トップクラスのコンピュータの天才で、彼のハッカーとしての技術は世界でも名を馳せていた。
妹はプログラミングに興味があるようだ。
彼に教えてもらえばいいじゃないか。
ただし…
宏樹はため息をついた。
その三男も家族の中で最も美優を可愛がる人物だ。
この件に関する交渉は難しいだろう。
まあいい。
もし詩織が本当にプログラミングを好きなら、大金を使って国内最高の専門家を雇って教えることもできる。
彼自身にはその技術はないが、そのための資金はある。
詩織が好きなものなら、いくらお金を使ってもいいではないか。
詩織は宏樹の考えを知るよしもなかった。
この本の知識は彼女にとってやはり少し難しいものだ。
専門用語の一部は理解すらできなかった。
しかし幸いにも、欄外には注釈が書かれている。
おそらくこの本の持ち主が残したものだろう。
詩織は夢中に読んでいて、隣の宏樹が彼女を見つめていることに全く気づいていなかった。
彼は以前どうして気づかなかったのか。自分の妹がこんなにもかわいいなんて。
特にその真剣な表情だ。
宏樹は笑いをこらえきれず、思わず詩織の頬をつまんだ。
このほっぺたがもう少しぷくぷくしていたらいいのに。
詩織は宏樹の手を払いのけた。
「まともなやることがないの?」
なんてことだ、怒っている姿さえこんなにかわいいなんて!
しかし宏樹は妹が怒ることも心配で、自分の手を引くしかなかった。
「詩織ってプログラミングが好きなの?」
「もし好きなら、兄さんが先生を雇おうか?」
「必要ない!」
「優しいふりはいい加減にして。私が成人したら、これまで小川家で食べた分、住んだ分、全部返すから」
「そうなったら、私は小川家と何の関係もなくなる」
「それに、あなたが私の兄だなんて認めないからね」
詩織の言葉の一つ一つも、針のように宏樹の心に刺さった。
宏樹は妹が自分を恨んでいることを知っている。
しかしその恨みがこれほど深いとは思わなかった。
それでも彼は詩織を責めなかった。
自分が妹を深く傷つけたことを悔やむだけだった。
これは彼が受けるべき報いだ。
「詩織、そんなこと言わないで。君はいつだって俺の妹だよ!」
「妹が兄のお金を使うのは当然のこと。それを返済させる兄なんて、どこにいるんだろうか?」
詩織は冷笑した。
「そのお金は美優にとっておきなさいよ。私には必要ないし、受け取る資格もない」
宏樹は一方的に反抗した妹を見つめた。
彼は心の中でよく理解した、今日は何を言っても詩織に信じてもらえないと。
それならいっそ黙ってあげよう。
詩織も彼に構う気はなかったし。
彼がここに居たいなら、居させればいい。
どうせ彼女には何の影響もないし。
1時間後。
詩織は目をこすり、宏樹がまだ自分の隣に座っていることに気づいた。
「小川グループの社長はいつからそんなに暇になったの?もしかして会社が倒産しそう?」
詩織の皮肉に対しても、宏樹は少しも不快感を示さなかった。
むしろ詩織の言葉に頷いた。
「そうなんだ。詩織、うちの会社は調子が悪くて、ここ数ヶ月は赤字の連続なんだ」
「だから詩織が俺と暮らすと、しばらくの間はお粥生活かもね」
宏樹は嘘をつくときに、一切まばたきもしなかった。
彼がそう言ったのは、この先しばらくの間、詩織にお粥を食べさせ、胃を休めるよう協力してほしいという願いからだった。
詩織は適当に言ったつもりだったが、まさか当たるとは思わなかった。
この先しばらくはまた自分でお金を稼ぎ始めなければならないようだ。
でもそれも悪くない話だ。少なくとも小川家の人々が身近にいないのだから。
確かに宏樹の変わった態度には少し戸惑いを感じた。
しかし小川家の連中が目の前をうろうろするよりはましだ。
十分なお金を稼げば、小川家から出られる。
「社長、例の物、お持ちしました」
ドアの外から秘書の丁寧な声が聞こえた。
「詩織、おいて。兄さんがプレゼントを用意したよ」