夕方、私は佐藤美咲とリッツで待ち合わせた。
二人で昔話に花を咲かせていると、山本大輔から電話がかかってきた。
佐藤美咲は目を丸くして、「本当に彼があなたの旦那さんになったの?」
私は電話を切って、「うん」
佐藤美咲はさらに目を見開いて、「そんな風に切って大丈夫なの?」
「あなたみたいに旦那に尽くす妻じゃないから」
「……ふん」
山本大輔に対して、今は好きでも嫌いでもない、ただ何となく過ごしているだけ。携帯の連絡先から藤原一郎の痕跡が全て消えているのを見つけてからそう感じている。
熱愛中の彼氏が突然元カレになり、十数年間うんざりしていた幼なじみが突然子供の父親になって……とにかく、私はこの状況から抜け出せない。
佐藤美咲は頬を掻きながら、言いよどんで、「でも、彼はあなたのことを……」
当事者は見えないものだというけれど、私は耳を澄ませて、「つまり、彼は本当に私のことが好きってこと?」
佐藤美咲は少し躊躇してから、にんにくを潰すように頷いた。
「でも私は彼のタイプが好きじゃないの。私は藤原一郎みたいな温厚な人が好きなのよ」
私は独り言のように言って、佐藤美咲が恐怖の表情を浮かべていることに全く気付かなかった。
「それに覚えてる?彼は私と妥協したくないって言ってたでしょ。私も同じ考えよ。今の時代、離婚だってできるんだし」
佐藤美咲は突然私の後ろを必死で指差し、口パクで何かを伝えようとしていた。
そこで私は自分の背後に影が落ちていることに気付いた。
ゆっくりと振り返ると、山本大輔の険しい顔が私の後ろ二十センチのところにあった。
……前回彼がこんな風だったとき、なぜか藤原一郎を紹介してほしいと言い出した。
山本大輔は低い声で言った。「離婚したいなら、木村愛子のことは考えたのか?」
私と佐藤美咲は同時にごくりと唾を飲み込んだ。
彼女の携帯も鳴り出した。高橋誠司からだった。
私は佐藤美咲が新婚だということを知っていたので、代わりに電話に出て、落ち着いたふりをしてトイレに向かった。
山本大輔がついてきて、私が二分ほど手を洗っていると、黙ってハンカチを差し出した。
私が一瞬躊躇すると、彼は私の手を取って拭いてくれた。
「……怒ってる?」
山本大輔は答えず、唇を固く結んでいた。
私は少し気まずくなった。