がっしりした不良男は、ぽっちゃりした少女が逃げ出したのを見て怒鳴り、足元に転がっていたリュックを掴むと、そのまま勢いよく投げつけた。
「ドンッ!」
後頭部に衝撃が走り、星奈は地面に叩きつけられた。鼻血と涙が一気にこぼれ落ちた。
「痛っ……!」呻きながら立ち上がると、手に掴んだ砂を思い切り男の顔に投げつけた。「ぎゃっ!」目を押さえて叫ぶ男。
その隙に、金髪のチンピラへと星奈は半分割れたレンガを拾い上げ、全力で振り下ろした。
「ッ……!」鈍い音と共に、金髪男はよろめきながら地面に倒れ込む。
激しい抵抗に二人は怒り狂った。「てめぇ、殺すぞこのガキ!」「どうせ上にゃバレねぇ、好きにしろって言ってたしな!」
二人が袖をまくり上げる中、星奈の体は地面を転がり、背中を何か硬いものにぶつけた。
――電柱。
間違いない。ここだ。前の人生でも、意識を失う直前にこの電柱の下で見た。青紫の稲妻が、二人の体を直撃したのを。
そして目を覚ました時、警察に事情を聞かれた。あの二人は断線した高圧電線に打たれて黒焦げになった、と。
――あの距離で自分が無事だったのは奇跡だった。
もう逃げ切れない。星奈は息を荒げながら必死に距離を取る。頭上を見上げる目には、恐怖よりも祈りと期待が宿っていた。
……彼女は知らなかった。近くの古びたビルの屋上、黒いボディスーツにマスクをつけた二人組が潜んでいたことを。
「昭彦、やめて!」華奢な方の影が、隣の男に小声で制止する。「今夜の任務、どれだけ重要かわかってるでしょ。余計なことしないで!」
そう、彼らは任務のためにここにいた。
しかし――昭彦の視線は、下の少女に吸い寄せられて離れない。
暗闇の中で、彼女の瞳がこちらを見上げていた。黒水晶のような瞳。怯えと祈り、そしてどこか決意の色が宿っている。
――助けて。
声にならない叫びが、確かに彼の胸を貫いた。その瞬間、心臓が痛んだ。まるで、彼女を見捨てたら、自分の中の何か大切なものが壊れてしまうような――そんな感覚。
だが、彼は確信していた。
この少女を知らないはずだ。
葛藤を押し殺し、昭彦は冷たい目で相棒を一瞥する。そして、誰も見えないほど速い動きで――暗黒色のナイフを投げた。
刃は闇を切り裂き、音もなく一本の電線を断ち切る。そして、まるで生き物のように彼の手元へと戻った。
――パチッ……バチッ……!
星奈が反応する間もなく、さっきまで怒鳴っていた二人の体が痙攣し、地面に倒れた。動かない。……死んだ。
星奈は息を呑み、反射的に転がるように離れた。倒れていた場所には、切れた電線が火花を散らしながら揺れていた。
「……はぁ、危なかった……!」
胸を押さえながら大きく息を吐く。
もう少し遅れていたら、自分も感電していた。
――けれど、何かおかしい。前世では青紫の稲妻が走ったはずなのに、今はそれがない。
それに、前は二人とも炭のように黒焦げだった。今は……そこまでじゃない。
「気のせい、よね……?」
首を振る。とにかく、助かった。生きてここにいる――それだけで十分。
星奈は拳をぎゅっと握りしめる。その瞳には、燃えるような光が宿っていた。
――中村昭彦。待ってて。今度は、私があなたを守る番だから。
……だが。
「っ、いったぁ……!」
決意に満ちて立ち上がった瞬間、足首に鋭い痛みが走り、彼女は再び地面に崩れ落ちた。