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「佐々木美月(ささきみつき)、恨むなよ。すべてはお前と佐々木遥(ささきはるか)があまりにも似すぎているせいだ!遥は伊藤家と代理出産の契約を結んだが、いざとなって嫌がっている。伊藤家に逆らえば面倒になる。だから──お前が姉の代わりにグ家へ行って、子を産むんだ!」佐々木のお父さんの冷たい声音が、ソファに寄りかかる彼女の耳に突き刺さった。
美月は頭は霞み、視界は揺れている。やはりそうだ、父と継母、それに義姉に呼び戻されたのはろくな用件ではないと警戒していたが──薬を盛られるなんて想定外だった。
「人でなし……絶対に許さない……!」
美月は震える唇で呪詛を吐き、必死に立ち上がろうとした。
だが、闇は彼女を容赦なく飲み込み、次の瞬間、床に崩れ落ちて意識を失った。
目を開けると、そこは薄暗いが、あまりにも豪奢な部屋だった。
反射的に身を起こした彼女の耳に、どこからか男の声が落ちてくる。
「……すまない、佐々木さん。今回の件はすべて、家族が勝手に仕組んだことだ。私はの長男、伊藤海斗(いとうかいと)。癌で余命は長くない。だから、せめて子どもを残してほしいと、家族が……。だが安心してくれ。私に君を傷つけるつもりはない。死ぬ前に無関係な人を巻き込みたくはないんだ」
美月の胸が大きく跳ねた。「ここは……伊藤家?誰が私を運んできたの? 私は佐々木遥じゃない!妹の佐々木 美月よ!この代理出産は姉が承諾したことで、私は騙されて連れてこられただけなの!お願い、あなたから家族に話して、私を解放して!」
暗がりに潜む海斗は静かに答える。「……不公平な話だとは分かっている。だが、『自分は別人だ』と言い張る必要は──」
「嘘じゃない!」美月は叫んだ。「私は姉じゃない! 本当に妹なの!」
「……本当、なのか?」初めて男の声に動揺が走った。
彼女はドアノブを乱暴に捻りながら吐き捨てる。
「何のために嘘をつくの?契約金は全部、父と継母、それに佐々木遥が受け取った!私は薬を盛られ、替え玉として送り込まれたのよ!」
沈黙ののち、男は重々しく口を開いた。「……そうか。ならば、なおさら君を巻き込むわけにはいかない。だが扉は外から鍵をかけられている。今すぐ人を呼んで、君を逃がそう」
彼女が必死に扉を引いても、びくともしない。暗がりの男は誰かに電話をかけているようだった。
仕方なくベッドに腰を下ろした彼女は、不思議と彼を悪人だとは思えなかった。(その話、信じられるかも……)
だがその時、鼻腔をくすぐる甘い香りに気づく。
「……なに、この匂い……?」
次第に視界が霞み、身体が熱に侵されていく。
「佐々木さん、部屋に薬が……!浴室に逃げろ、早く!」
海斗の声が悲鳴のように響く。
我に返った彼女は咄嗟に浴室へ駆け込み、扉を閉めた。
(あ……熱い、きっと……薬が……)
だが、冷たい水を浴び続けても、熱は収まらない。
十分後──理性はとっくに崩壊し、濡れた髪と衣服に覆われた彼女の身体は、なおも灼けるように火照っていた。
「……熱い、苦しい……」
指が最後の布地にかかろうとした、その瞬間。
ガチャリ、と浴室の扉が開き、影が差す。
真紅に染まった瞳が、闇の中で彼女を射抜いていた。