事が終わると、彼女は全身の力が完全に抜け果て、もうどうでもいいやとばかりにベッドにへたり込み、だらりと横たわった。そして、ベッドの脇で背を向けて服を着ている男を、とろんとした目でそっと眺めていた。
彼の腰をまだ十分に見れていないうちに、黒いシャツが引き上げられ、すべてを隠してしまった。
服装は申し分なく整い、瞳は冷徹である。ほんの数分前の激情の面影など、一片の痕跡も残っていない。
「木村さん?」
和真が振り返り、「薬は効かなくなった?」
「うん、良くなったよ」
彼女は歯を軽く噛んで、何か付け加えるべきだと思った。「ありがとう」
和真は肩をすくめ、慣れた様子でスーツを着た。すぐには立ち去らず、袖口を整えながら、一歩一歩彼女に近づいてきた。
愛子が起き上がろうとすると、彼はちょうど身をかがめ、両手を彼女の体の両側に置いた。
「初体験?」
彼女の体が急に硬直した。
「うん」
和真は彼女をじっと見つめた。
しばらくして、口元を緩め、「俺のベッドに上るために、どれだけ計画した?」
愛子は布団を握る手に力が入った。
顔を上げ、彼をじっと見つめた。「あなたに執着したりしないわ」
彼女は初に薬を盛られ、和真がその解毒剤となった。昨夜のことは単なる男女の営みにすぎず、彼女は最初からしつこくするつもりはなかった。
そして、和真が鼻で笑ったのを聞いた。
とても冷ややかで、皮肉を込めた笑い声。
彼は言った。「初との婚約を破棄しろ」
愛子はハッと顔を上げた。
そこには男の深く高慢な瞳が彼女を見つめていた。
「俺は和真だ。こんな屈辱は受けない。俺と一緒になりたいなら、他の男とのもつれは断ち切れ」
愛子は唇を噛みしめ、笑いながら首を振った。「初は私との婚約を解消しないわ」
和真は眉をひそめた。「どうして?」
愛子は質問に戸惑った。
真実の愛だとは言えないだろう。
少なくとも、昨夜までは、そう思っていたけど。
「もしあなたがスッキリしないなら」愛子は深呼吸し、少し開き直った調子で冗談めかして言った。「私の結婚式で、花嫁を奪いに来たら?」
「ふん」
和真は短く冷笑した。
ドアを開けると、そのまま出て行った。
愛子の耳には彼の最後の言葉が響いていた。「愛子、随分と自分を買いかぶってるな」
……
和真がホテルを出ると、入口に止まっている黒い車が見えた。
拓也と宮崎亮(みやざき りょう)が窓から身を乗り出し、興奮した顔で彼に笑いかけていた。
「おいおい、和真さん、その体力はすごいね、まったく…」
和真はタバコに火をつけた。
亮が言った。「失礼ですが、俺が医者だと、忘れたのか?」
媚薬ぐらいなら、他に解決法もあったはずだ。
でもこの和真は、あえて自ら行動に移した。
「正直、あの子は素性も分からないし、まだ学生だろ。でも彼女と初の婚約は矢崎市では知っている人も多い。小野家の若奥様と寝たとなれば、余計な面倒を招くだけじゃないか?」
「そういえば、小野家とは親戚関係があるんじゃなかった?」亮が口を挟んだ。
和真はただ眉を少し引き上げただけだった。
拓也が言った。「不思議だよな。小野家ってやつは、上の人間にはへつらい、下の者には威張り散らすくせに、どういうわけか、つまらない一介の女の子にこだわって、手放そうとしない。最初の頃は、目に入れても痛くないってくらい、彼女を溺愛してたじゃないか。周りもみんな、二人を理想のカップルだって見てたのに。なのに、急にやって来て、お前と寝るってのか?まさか……」
拓也は近づいてきて「遊びのつもり?」
和真は表情を変えず黒い瞳を細める。
堂々たる和真様が、こんな侮辱を受けたことはない。
「今彼女を何と言った?」
「遊びのつもりって」
「その前だ」
「その……あなたと寝たって」
「ああ」和真は満足げに頷いた。「一ヶ月後に花嫁を奪って結婚する。祝儀の用意をしておけ」
拓也と亮は呆然とした。
しばらくして絞り出した。「お前、マジかよ!」
部屋の中で、愛子はシャワーを浴びた後、鏡の前に立ち、自分の体に残った痕跡を見ていた。
本当に容赦ない、噛むのは本気だった。どれほど自分を憎んでいるのだろう。
真最中に彼女を骨の髄まで溶け込ませたいほどなのに、服を着るやいなや知らない人のように。
和真だから……
大物を怒らせてしまったようだ。
携帯が鳴り、愛子は着信を見た。瞳に冷たい光が浮かんだ。