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Capítulo 6: 第6話 都市外 ドラゴニュート

 基本的にミュータントと機械生命体とは不仲だ。

 機械生命体はミュータントのことを『ミュータントのクズ』とか『不埒な化け物』とか『低位生命体』とか呼んだりする。

 一方でミュータントの方は、機械生命体を『ポンコツ』とか『鉄くず』とか『黒い血』とか呼んだりする。

 別に機械生命体が『機械生命体』というくくりで一丸ということもなく、ミュータントもまたミュータント同士あらゆる種族が協調しているというほどではないのだけれど、やはり機械生命体とミュータントとは、特に仲が悪い。

 実のところ、『人間』が発掘された都市に様々な種族がいる状況が異常なのだ。

 本来、種族は種族ごとにまとまって過ごす。彼女らは、『地球を人間が住める環境に戻そう』としているけれど、別に彼女ら自身の住みよい環境が『人間の住める環境』と必ずしもイコールということはなかった。

 なので、『人間が住める範囲で、自分たちの住みよい環境を』と考えて街造りをしていく。

 結果として『種族ごとに住む場所を変えましょう』というのが、もっとも良い落としどころだった。

 そんなふうに、そもそも生物として違う連中同士。

 特に機械生命体とミュータントとの間に友情は成立しない──

 ──というわけでも、ない。

「そうか、『人間様』はお前が認めるほどのお方か」

 都市外駐屯地。

 都市としてくくられた場所には文明があり、防衛機構がある。

 だが、『神』の復活の兆しがある現在、特に『人間』が発掘されたこの都市の周囲は分厚い警戒網が布かれており、都市外部には『人間のために戦うこと』を基底プログラムや魂魄根底に刻まれた者たちがいた。

 その中で特に戦いを生業とする者たちは、激戦を潜り抜けると種族を超えた絆で結ばれることがある。

 今、アヌビスが、乾いた大地の上に置いた兵糧箱に腰かけ、見上げる相手もまた、アヌビスにとっての『戦友』だった。

 眼帯のない方の目で見上げる。

 本当に、大きな女だ。

 ドラゴニュート。

 ミュータントの中には大柄な種族もいるが、その中でも特に巨大。

 身長は2mをゆうに超える。目の前の女は3mほどはいかないが、ドラゴニュート(ドラゴンミュータント)の中には、そのぐらいまで背が伸びる者もいる。

 手足、きわめて筋肉が発達して太い。

 そもそも、骨が太いのだ。

 さらにそこには鱗がある。

 全身が鱗に包まれているのではない。ミュータントは基本的に人間に近い見た目に進化しようという意思を持って長い時間を過ごしてきた。その時間が、ドラゴニュートたちの表面に『皮膚』と『鱗』とを同居させ、今ではすっかり、皮膚が全体の七割、鱗は三割ほどというところまで調整が完了していた。

 顔も爬虫類めいてはいなく、人間に似ている。

 ただし、額から細長い角が生え、瞳孔は縦長、人間なら白目にあたる部分が真っ黒で、その中に血のように真っ赤な瞳が浮かび上がっているというのは、下手に人間と遠いよりも、より『人外』という印象を他者に与える。

 もっとも、ドラゴニュート相手に『人外』などという表現を使う種族は存在しない。

 ミュータントは人間の似姿を目指して進化を続けている都合上、『人と遠い』とか、『どれほど進化してもお前たちは人に似た姿にはなれない』とか、『人を目指して見た目をいじくるなんて不敬だ』とか言われるのを嫌う。

『人外』『亜人』といった表現はそれら禁止ワードを短くした差別用語であり、これを言われるとドラゴニュートはたいていが怒り狂う。

 そして、ドラゴニュートの怒りは周囲一帯を焼き尽くす。

 この種族は本当に強いのだ。

 かつて、『神』との戦いで、ソルジャーとともに最前線にいた種族。ミュータントにおける『ミュータント族で一番強い種族』こそが、ドラゴニュートだった。

 アヌビスは細長い管を唇にくわえ、「ああ」とうなずく。

 これは煙草ではなく、エネルギー補給用の兵糧だ。人間の嗜好品でたとえれば、暇な時に咥えてぼんやりするという、オヤツやコーヒーなどに近い。

「あのお方は、我らが夢想していた『人間』だ」

「そうか。……うむ、非常に良いッ!」

 ドラゴニュートが叫ぶと、空気が震える。

 アヌビスは兵糧を咥え、しばし言葉を探してから、口を開く。

「気を付けろよ。次の面談はお前の担当だが……人間様は、別に、お体が強いわけではないんだ。お前がその感じで叫ぶと、恐らく大変なことになる」

「わ、わかっている……」

 黒髪を長く伸ばし、顔に黒い鱗を生やしたドラゴニュートは、太い首を曲げてうつむいた。

 それから、漆黒の爪が生えた指先同士を擦り合わせるようにくるくる回し、

「な、なあ、その……ソルジャーよ」

「アヌビスだ。名を賜った」

「……アヌビス!」

「叫ぶな。それで、なんだ?」

「……その人間様は……どのぐらい、だろうか」

「何が」

「大きさが……」

「…………まぁ、立って歩いているところを見たわけではないが、そうだな……頭髪と履き物を含めなければ、だいたい身長は170cmぐらいではないか」

「小さいな!」

「人間様としては高い方ではあると思う」

 アヌビスはこの発言をする時に『人間の平均身長』を思い出しているわけだが、そこには幼児や乳幼児の身長も含まれていたため、この時代に伝わっている『人間の平均身長』はかなり低いものになっている。

 まだ機械生命体が『人間』を乳児、幼児、小児期、青年期などと分けて勘定していなかったころのデータなのだ。

「しかし、ううむ……なあソル……アヌビスよ。人間様は小さくて柔らかなものを好むと言われているな?」

「そういうデータもあるな。だから侍従のポンコツどもはほっそりしていて小さい者が多いらしい」

「……我のごとき体躯の者を、どう思うであろうか」

「………………私が人間様の感想を代弁するなど、恐れ多い」

「所感でいい! 所感でいいのだ! わ、我はその、少々ばかり、大きいであろう……?」

「貴様の大きさは『少々大きい』という言葉で表現できる範疇に収まらないものと具申する」

「わ、わかっているわッ!」

「声も大きい。本当に気を付けろ。人間様に怪我をさせれば、『ミュータントの代表』を下ろされるぞ」

 機械生命体の内政における代表がメイドロボ、兵力における代表がソルジャーであるように、ミュータント側も、人間との面会には『内政代表』と『兵力代表』をそれぞれ出すこととした。

 だが、ドラゴニュートを出すかどうかは、かなり紛糾したのだ。

 何せ、生物としてあまりに強すぎる。しかも、感情を抑えるのが苦手ときている。

 仮に感極まって大きな声を出そうものなら、人間様に重篤な被害を与えかねない──

 そこをどうにかこうにか努力し、いくつものチェック項目を潜り抜け、ドラゴニュートはミュータント代表の座の最後の一つを勝ち取ったという背景がある。

 ……人間の『解凍』が始まり、ヘルメスから信号が届いてから慌ててチェック項目などを設けたというのはあるので、付け焼刃の感はあるのだけれど。

「……やはり人間様はその……我を見て……怯えてしまわれるか……?」

 アヌビスはため息をついた。

 ため息とは、ずいぶん情緒的なものだ。アヌビスは自分が製造されるよりはるか過去を思う。

 自分のモデルの始祖たちが今の自分を見たら、果たして人間と見分けはつくのだろうか──ということを考えた。

 恐らく自分たちの情緒は、人間のように進化している。

 だからこそ、こうして今、発する言葉に迷っているわけだが──

「──さて、なんとも言えん。だがまあ、恐れるあまり『会わない』という選択をするのは、薦めない」

「しかしだなッ!」

「声。ブレスが出ているぞ」

「……しかしだな、見た瞬間に怯えられ、恐れられては……立ち直れん」

 この身長2m超え、前線にあっては勇猛──ようするに二千年前の戦いから、このまま生きている長命なるミュータントは……

 人間に怖がられるのをめちゃくちゃ怖がっていた。

「貴様は繊細過ぎる」

「繊細なものか! わ、我らはかつて、人間様に……ああ、恐れ多くも、祀られていた種族であった……はるか過去には、人間様を愛するあまり、生贄を捧げよということまで、していたという……」

 伝説上の話だ。

 ドラゴニュートがまだ人間に近い姿ではなく、彼女らの『治水能力』が注目されていたころ。

 大雨が降ったり、川が氾濫したりといったことが起こるたび、彼女らは生贄を求めた──

 ──そう、ドラゴニュートは、始祖の始祖から、恥ずかしがり屋で、好んだ人間と人目のない空間でちょっとずつ距離を詰めるような関係を築くことを繰り返していたのである。

 その恥ずかしがり屋がモロに出てしまっている……アヌビスは頭を抱えた。

「……というよりだ、ドラゴニュート。貴様と私は友人と呼べる関係ではあるが、私は機械生命体、そして貴様はミュータントだ」

「うむ」

「そして貴様がミュータント代表のうち一人として人間様に面会することは、とうに決定している」

「うむ……」

「いくら相談されても、貴様が面会をすることはすでに決定している。私はミュータント側の決定に異を唱えられる立場ではない。なのでもう、覚悟を決めろ」

「か、かかかかかか覚悟……覚悟と言ったかッ!」

「声が大きい」

「かくごと言ったか? かくご……かくごってなんだったか……」

「…………」

 アヌビスは『こいつダメかもしれん』と口走らなかった己の自制心を褒め称えたかった。

(ついていく──いや、不可能か。狐どもが納得すまい。まったく、面倒なことだ……)

 アヌビスはこの面倒くさい友人を放り出して、『天使』どもと交戦している最前線に走って向かいたかった。

 こういう心の機微みたいなものをどうにかするのは苦手だ。殺していい相手なら悩みを『終わらせてやる』ことは簡単だが、銃弾で解決できない問題となると、どうしていいかわからなくなる。

 だがしかし、それでも放り出そうと思わない。

 それが『友情がある』ということなのだろうと、アヌビスは思った。

「……そうだな。貴様に一つだけアドバイスをくれてやろう」

 ドラゴニュートが子供のように目を輝かせた。

 ミュータントどもには『子供時代』というのがある。……しかし、体はでかくとも、目の前の二千年は生きているはずのコレは、まだまだ子供なんじゃないかと、アヌビスは思うのだ。

 ため息を吐き出す。

 変なことを考えざるを得ない状況に置かれているせいか、結構な温度のため息が排出された。

 アヌビスは、アイデアを語る。

 それは──

 時間だ。

 俺の右手にはヘルメスの入った時計が戻ってきていた。

 彼女が戻るまで時間がかかったのは、さすがに俺の生きていた時代からこの時代までにいろいろな変化がありすぎて、この時代のデータをダウンロードし、OS──と呼んでいいのかどうかわからないが──をアップデートするのに、かなり長いタスクバーを完全に光らせる必要があったかららしい。

『今日来るのはドラゴニュートということなので、間に合って良かったです』

「ドラゴニュートっていうのは、どういう種族なのかな」

 相変わらず『病院』でベッドの上に腰かけて問いかければ、データダウンロードなのか、それとも言葉を探しているのかわからない、微妙な間があった。

『極めて強靭な種族です。人間様に敵対するような思想を持ち合わせた種族はこの地上にいませんが、あなたを「うっかり」で殺しかねない種族がいるとすれば、それはドラゴニュートでしょう』

「……うっかりで?」

『かなり高い肉体性能を持っており、ただ動くだけで……金属、としましょうか。それが一番、あなたにとって丈夫さがイメージしやすいでしょう』

「うん」

『ただ動くだけで金属を引きちぎり、ちょっと大きな声を出すとブレスと呼ばれるものが飛び出します。ようするに音波ですが……これだけで、あなたの肉体は耐えきれず崩壊する可能性があります』

「これは純粋な疑問なんだけど、どうしてそういう種族にも面会が許可されているんだろう。俺の身の安全を思うんなら、遠ざけられそうだけれど……」

『人間のみなさまが滅びたあとの地球にも、政治はあるということです』

「なるほど」

『とはいえ、かなり紛糾した結果、ドラゴニュートがその手加減能力を認められ、許可されたという流れはあった様子。……もし、恐れられるのであれば、今から連絡して、面会を謝絶としますが』

「いや、会うよ。どうせ、外に出たらそういう種族とも顔を合わせる。……それに、別にこっちを害する意思があるわけじゃないんだろう? だったら謝絶するのは、うーん、『かわいそう』……かな。ちょっと見下す感じになっちゃうけど……」

『さすが、慈悲深いお方でございますね』

 会話も一段落したところで、部屋の扉が開かれる。

 思わず無意識に生唾を呑み込んだ。

 その種族は、本当に大きい。俺が人間文明の滅んでいなかったころに見た、誰よりも大きい……比較対象はたぶん、熊とか、そういう、二足にもなれる大型の動物になるだろう。

 筋肉のデコボコが浮かび上がった腕。鱗の生えた前腕。

 彼女は手に、何かを持っていた。それは……

 スケッチブックのように見えた。

 彼女は緊張しきった顔でこちらを見て、ぺこりと一礼する。

 と、スケッチブックらしきもの──たぶん、そういうデザインのタブレット──に、ペンで何かを書いて、こちらに見せた。

『こんにちは』

 ……懐かしい文字が躍っている。

 この文字は、知っている。僕が親しんだ、こうしてこの時代に目覚めるまでに使っていた、文字だ……

 そう言えば、僕はこの時代で目覚めてから、まだ、文字を見ていなかった。

 しかし……

「……あの、どうして筆談なんでしょうか」

 つい、問いかけてしまう。

 どうにも、今回の来訪者も、曲者のようだった。


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