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2.76% 名門の長谷夫人になったら、最強になってました / Chapter 10: 自分で自分を驚かす

Capítulo 10: 自分で自分を驚かす

Editor: Pactera-novel

運転席の男がバックミラー越しにちらりと安藤綾を見た。

だが、その視線がぴたりと彼女とぶつかり、思わず息をのむ。

「前を見て運転なさい」

綾の声は冷たくはなかった。

けれども、そこには不思議な威圧感があった。

その一言で、運転手は一気に現実に引き戻され、以後は真っ直ぐ前だけを見つめてハンドルを握った。

綾は腕の中の長谷昭陽の背を、静かにトントンと叩いていた。

子どもはすでにうとうとし始めている。

さっきから運転手が何度もミラーでこちらを覗いているのを感じていた綾は、

逆に先に鏡を見返しただけだ――ちょうど目が合ったのは、ただの偶然。

彼が何を気にしているのか、綾にはわかっていた。

――この「自分」はいったい誰なのか。

この世界に来てすぐ、綾はすでに自分の体を確かめていた。

眠る昭陽を抱いたまま、鏡の前で。間違いなく、これは自分の体だ。どうして自分が本の中に来てしまったのかは分からない。

けれど、もしこの肉体が自分のものなら、ここにいるのは吉田王朝の女将軍――安藤綾本人であり、

この世界の「原作の綾」ではないということだ。

つまり、無理に誰かを演じる必要などない。

隠す必要も、媚びる必要もない。

「前方が『三表叔父様お屋敷』です。」

運転手の声には、まだ先ほどの視線事件の余韻が残っていた。

おそるおそる言葉を選んでいるのが分かる。

綾は鼻で笑った。

「『三表叔父様お屋敷』?そんな妙な呼び方、誰が許したの?」

(あんた本人ですよ!)

運転手は心の中で叫んだ。

当主の長谷修彰は長く不在。

そのあいだ、小林優子夫婦はしょっちゅう屋敷に出入りし、

「原作の綾」は彼らに取り入ろうとして、

使用人にもそう呼ばせていたのだ。

綾は自分で言っておきながら、ハッとする。

そういえば、この呼び名は原作で彼女自身が言い出したことだった。軽く咳払いをして、あくまで平然とした口調で言い直す。

「――もうその呼び方はやめなさい」

「……はい」

運転手は短く答えるだけにとどめた。

今日、屋敷で何が起こったのか、彼ももちろん知っていた。

小林夫婦は以前こそ綾に表向き丁寧に接していたが、

当主の失踪が広まるや否や、態度を一変させた。

きっとそれで綾もようやく目が覚めたのだろう――と、

運転手は勝手に納得していた。

それならそれでいい。

少なくとも、強い夫人が屋敷を守ってくれるなら、

自分たち使用人にも希望が持てる。

長谷家には獣のような親族が多い。

主がいない今、誰かが立たなければ、忠誠など意味をなさないのだ。

車は静かにスピードを落とし、白い洋館の前でタイヤを鳴らして止まった。綾は昭陽を抱いたまま外に出る。

その目に映った建物を見て、

口元に冷ややかな笑みを浮かべた。

――皮肉なことに、ここは彼女自身の所有物だ。

もともとこの家は、原作の綾の数少ない個人資産の一つだった。

だが彼女は「表叔父様」と「叔母様」と呼ばれる小林夫婦に取り入りたくて、

自らこの別荘を譲り渡してしまったのだ。

今もこの二人はその家に住み、

さらに綾を長谷家から追い出そうとしている。

綾は長い足で玄関へと歩き出す。運転手は察しの良い男だった。

指示を待つまでもなく、すでにインターホンのボタンを押していた。

一方その頃――

白い別荘の中では、小林優子と長谷光臣が荷造りをしていた。

彼らは昨晩、長谷和真をこっそり外へ連れ出していたのだ。

もし長谷家から何の見返りも得られなければ、

和真を人質にしてでも交渉材料にするつもりだった。

だが、屋敷での綾の豹変ぶりに、二人はすっかり腰が引けていた。

「なあ、本当に長谷修彰は行方不明なのか?」

荷物をまとめながら光臣がぼそりと呟く。

「そんなわけないでしょ!」

優子は鼻を鳴らす。

「もし本当に失踪してたら、あの安藤綾があそこまで強気になれるわけないわ!」

「でも……本当にいなくなったから、あんなに開き直ったんじゃ?」

「ばっかねぇ」優子は吐き捨てるように言った。

「安藤綾みたいな臆病女が、あんな真似できるわけないじゃない。どうせ長谷修彰が事前に教えたのよ。こう動けってね」


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