タロは人波について甲板へ出た。魔法の船は、広大な海の真上を飛んでいる。
途中、ルークがこちらに向かってしきりに挑発的な仕草を送ってきたが、もはや相手にする気も起きなかった。
やがて、霧に包まれた島が視界に入ってきた。あれが、学生たちの目的地だ。
その島は、どこまでも清浄だった。淡い霧は、その瑰麗な姿を完全に覆い隠すには至らない。
黒と灰色が混じり合う土と砂浜。太古から解けることのない広大な白い氷河。そして、氷河に覆われていない土地には、生命が満ち溢れ、数多の不可思議な植物が好き勝手に生い茂っている。
太陽の光が雲を突き抜け、霧に差し込む。その向こうに、尖塔や宮殿からなる建築群が、ぼんやりと見えた。
ここは、現世と霊界、そして夢境の狭間に存在する。多くの学者たちが、自らの魔法研究の始まりを夢見る、絶好の地なのだ。
数えきれないほどの偉人たちがここから巣立ち、彼らが創造した奇跡によって、世界そのものを変えてきた。
巨大な船は、急速に高度を下げ、海面に達すると、そのまま波を切り裂いて進み始めた。船首が紺碧の波を突き破り、一本の水路をこじ開けて突き進む。
その時になって初めて、タロは気づいた。あれほど高速で空を飛んでいたというのに、風圧を少しも感じなかったことに。
クルーゼが学生たちの前に立つ。海藻のような長い髪が、風に煽られて踊っていた。彼は両腕を広げ、まるで釣り鐘を鳴らすような声で、高らかに宣言した。「霧は、立ち昇れり!」
「ようこそ、フィドラへ!」
……
タロたちは下船すると、荷物を学校の管理人に預け、長い階段を上って、一扇の重厚な扉の前へと案内された。
クルーゼが、その巨大な拳で扉を三度、強く打ち鳴らす。
この流れ、どこかで。
タロは顎を撫でながら、ゲームにまつわる多くのことを思い出していた。
彼が転生したのは、『LOGOS』という名のファンタジー世界。前世において、『LOGOS』は元々、一本のテキストアドベンチャーゲームだった。
その精巧な作りと卓越したシナリオで高い評価を受け、やがて小説、漫画、アニメ、そして様々なジャンルのゲームへと派生していった、巨大メディアミックスコンテンツである。
『LOGOS』の第一作は、かの有名な『魔法使いの少年』の物語から多大な影響を受けていた。救世主として設定された主人公が、フィドラ魔法学院に入学して魔法を学び、様々な冒険を繰り広げる。
そして最終的に、邪神に憑依されたタロという名の大悪党を打ち破り、世界を救う物語だ。
ということは、次に来るのは組分けか。
つくづく、ちゃんとプレイしておかなかったことが悔やまれる。そうでなければ、ここまで手探りで進むこともなかっただろうに。
巨大な扉が、ゆっくりと開く。金髪碧眼の、魔法のローブに身を包んだ女性が、まるで待ちかねていたかのように、扉の向こうに立っていた。
彼女はクルーゼと短い言葉を交わした後、学生たちに向き直った。「在校生は自分の寮のテーブルへ。新入生は、ここで少し待っていてください」
声量はないのに、その言葉は、まるで耳元で囁かれているかのように、その場にいた全員の耳に、鮮明に届いた。
在校生たちはそれを聞くと、思い思いに魔法の杖や水晶玉といった道具を取り出し、タロには聞き取れない変身の呪文を唱え始める。
すると、彼らの衣服は瞬く間に、それぞれの寮の制服へと姿を変えた。そして、魚の群れのように、扉を抜けて講堂へと入っていく。
「フィドラへようこそ。私はジャニッサ。この学校の副校長であり、あなたたちが一年次に受ける、魔法通論の担当教員でもあります」
ジャニッサ教授は新入生をすぐには講堂へは入れず、まず自己紹介を始めた。
「今から、魔法詠唱で皆さんを別の場所へお連れします。その前に、各自、他の誰にも手が触れていない状態であることを確認してください」
全員の準備が整ったのを見て、ジャニッサ教授がすっと手を振る。次の瞬間、タロは小さな部屋の中にいた。新入生たちが、全員そこに詰め込まれている。皆、何が起きたのかと、興味津々でジャニッサ教授を見ていた。
「これから、ここで組分けの儀式が始まるのを待っていてもらいます。儀式は、あなたたち一人一人の特性に応じて、四つの寮のいずれかに振り分けるものです。あなたたちはそこで力を得て、答えを見出すことになるでしょう」
ジャニッサ教授の説明によって、タロは四つの寮に関する基礎知識を得た。
それぞれ、王寮、勇寮、知寮、そして愚寮。
王寮の生徒は皆、高貴な血筋の生まれ。
勇寮の生徒は、不屈の勇気に満ちている。
知寮の生徒は、飽くなき探求心の持ち主。
そして愚寮の生徒は、希望と無限の可能性を象徴している。だが、タロには、ジャニッサ教授のこの寮に関する説明だけが、どうにも特徴に欠け、平凡に聞こえた。
「四つの寮は、いずれもそれぞれの誇りを持っています。どこに組分けされようとも、それを栄誉に思い、寮のために尽力してください」
「あなたたちの学校生活における様々な行いは、所属する寮の得点になったり、あるいは減点になったりします。毎月、その順位に応じてクレジットが支給され、それを使って、万有通りで各自必要なものを購入することができます」
「そして学期末、最も順位の高かった寮の生徒全員に、思いがけない褒賞が与えられるでしょう」
「よろしいですか。儀式はあと数分で始まります。名前を呼ばれた者から、前へ」
ジャニッサ教授はそれだけ言うと、くるりと背を向け、忽然と姿を消した。
自分は、一体どの寮に振り分けられるのだろうか。タロがそう考えていると、不意に背中をぽんと叩かれた。
「ご紹介しますわ。こちらは、ウィンディーネさん」
振り返ると、そこには肩を叩いたグレースと、彼女の隣に立つ一人の少女がいた。
ウィンディーネは、珍しい銀色の、ふわふわしたショートヘアをしていた。飾り気のない、真っ白なロングドレスを身にまとい、その顔立ちは、まるで絵画から抜け出してきたエルフのように精緻に整っている。
講堂へ向かう途中、グレースは元々タロの後ろを歩いていた。だが、好奇心からきょろきょろと辺りを見回しているうちに、列の最後尾で一人ぽつんと歩いているウィンディーネを見つけ、声をかけたのだという。
話してみると、意外にも二人は気が合った。彼女は、グレースがフィドラで得た、初めての友人ということになる。
「どうも」タロは、ウィンディーネに会釈した。
「……はい。はじめまして」ウィンディーネは、タロの視線からわずかに目を逸らし、固い声でそう返した。
「タリスさんは、ご自分がどこに組分けされると思われますか?」グレースがタロに尋ねた。
「僕たちなら、順当に行けば王寮だろうな。だが、絶対とは言えない。何事も、可能性はゼロじゃない」
元のタロであれば、間違いなく王寮に組分けされただろう。だが、今の自分はどうだろうか。探求心なら、人一倍旺盛なつもりだ。知寮という線も、ないではない。
「ブライエル・テフラー!」
最初の呼び出しを皮切りに、組分けの儀式が始まった。
新入生が一人、また一人と部屋を出ていく。しばらくすると、講堂の方から、歓声やどよめきが聞こえてきた。
タロたち三人も、期待に胸を膨らませて、その時を待っていた。
「ウィンディーネ・フォン・アウハーレン!」
名前を呼ばれたウィンディーネは、笑顔でタロとグレースに言った。「私の番みたい。じゃあ行ってくるね」
ウィンディーネが去った後、タロは興味深げにグレースに尋ねた。「アウハーレン、だって?それって、北方連合王家の姓じゃないか?」
見れば、グレースも驚いた顔をしていた。まさか、学校に来て初めてできた友人が北の国の王女様だったとは。
だが、次の瞬間、彼女の表情は「さすがは私ね」と言わんばかりの、得意げなものに変わっていた。
やがてグレースも呼ばれていき、部屋には、ついに二人だけが残された。
もう一人の男子生徒が、両手を固く握りしめ、祈るように呟いているのが、タロが見えた。「勇寮……勇寮……頼む、勇寮であってくれ……」
タロの視線に気づいたのか、彼ははにかむようにこちらへ微笑んだ。
「タロ・タリス!」
名前を呼ばれ、タロは彼に礼儀正しく会釈すると、こう言った。「僕の番だ」