温井彩乃は直ちに部屋のドアを開けて中に入った。
「鈴木和也、鈴木和也?」
二度呼びかけても反応がなかったので、彩乃は手を伸ばして彼を軽く揺さぶった。
「大丈夫?怖いんだけど」
単に寝ているだけには見えない状態だった。
「もう起きないなら人中押すわよ。先に言っておくけど、これはあなたを助けるためだからね。起きてから私が変なことしたって逆ギレしないでよ」
「まぁいいや、証拠に動画撮っておこう。あなたが意地悪するかもしれないし」
彩乃は独り言を言いながら、スマホのビデオ録画機能を起動した。
安定した場所にスマホを置こうとしたその時、さっきまでテーブルに突っ伏して動かなかった和也がゆっくりと顔を上げた。
和也:「何をしようとしてるんだ?」
顔にカメラを向けていた彩乃:「…………説明できるわ、聞く余裕ある?」
和也は彼女を一瞥すると、ゆっくりと椅子の背もたれに寄りかかった。
顔色は青ざめ、声に力がなかった。「砂糖はある?」
「砂糖?どんな砂糖が必要なの?」
「もしくは飲み物でもいい。ミネラルウォーター以外で」
彩乃はハッと気づいた。「低血糖なの?待っててね、すぐ戻るから!!」
動かないでいたのは気を失っていたからか。
彩乃はそう言うとすぐに部屋を飛び出した。
時間を無駄にしたくなかったので、夕食のパンやケーキなどの軽食を買って持ってきており、それらは外の紙袋に入れたままだった。
彼女が慌てて出て行くのを見て、和也はようやく彼女が忘れていったスマホを手に取った。
顔色の悪かった和也だが、カメラがまだ起動していないのを見て少し表情が和らいだ。
録画を止めてスマホを元の場所に戻そうとしたが、彩乃の性格を考えると、眉をひそめながらも彼女のスマホのアルバムを開いてみることにした。
この女、自分を盗撮していないだろうか?
結果は問題なかった。自分の写真はなく、ほとんどが自撮りと『失聲症』に関する資料のスクリーンショットだった。
今回はしっかり準備してきているようだし、真面目に取り組んでいるようだ。
でも彼女は演技を軽蔑していたのではなかったか?
疑問に思っていると、急ぎ足の足音が遠くから近づいてくるのが聞こえた。
彩乃が戻ってくる音だ。
和也は急いでスマホをテーブルに戻した。