ひどい原家族の深淵に陥らなかったことを、一度は幸運だったとさえ思っていた。
最初、彰人は私の痛みを痛みとして、鈴木彩音の母娘を心底憎んでいた。
彩音が十八歳になり、私と同じ大学に入学するまでは。それから、すべてが変わった。
渡辺彰人は彩音の行動を監視することをやめ、彼女について話すときの口調さえ優しくなっていた。
「あの子はお前に少し似ているな。同じように頑固で、金持ちの息子のランチをひっくり返して、相手に謝らせようとしたらしいぞ」
「美月、あの頃のことは誤解があったのかもしれない。彩音は性格が良いと思う。これからはうまくやっていけ。結局は家族なんだから、こんなに醜い関係を続ける必要はない」
私はルームメイトに彩音の母が不倫相手だったことを少し話しただけだった。
次の日の朝、レストランでアルバイトをしていた母が嫌がらせを受ける動画が学校の掲示板に上がっていた。
でも、私は彼を疑ったことはなかった。
六年が過ぎ、私たちは順調に婚姻届を提出し、結婚式を待つだけだった。
彰人の心の中で、私はいつも特別な存在だと思っていた。幼なじみの情が世の中のすべての困難に勝ると信じていた。
しかし今、私を守り愛してくれたあの少年は、思い出の中で死んでしまった。
この結婚式を行う必要もなくなった。
荷物をまとめようとしていると、警察署から突然電話がかかってきた。
「鈴木さん、お母様の事件は取り下げられました。時間がありましたら、遺体を引き取りにいらしてください」
私は一瞬、凍りついた。
警察署に駆けつけると、母の事件に関する資料はすでに破棄されていた。
私は力が抜け、多くの人の前でドサッと膝をつき、必死に頭を下げた。
「お願いです、事件を取り下げないでください。母は殺されたんです。真相はまだ解明されていません。諦めないでください!」
相手のズボンの裾をつかむ手は震えていた。
その人は諦めた口調で、私を起こした。
「鈴木さん、私たちにもどうしようもないんです。取り下げを要請したのはあなたの夫です。我々は家族の意向を尊重しなければなりません」
「渡辺さんがすでに指示を出されました。この事件に手を出せば仕事を失うことになる。私たちにも家族がいるので、本当に力になれなくて申し訳ありません…」
言い終わると、その人は立ち去り、私の二本の爪は折れ、血が流れていた。
でも痛みさえ感じなかった。
このとき彰人からメッセージが来た。
「電話は受け取ったか?葬儀屋も手配したから、直接おばさんを送ればいい。費用は俺が出す」
「言うべきことは全て言った。俺の限界に挑戦するな」
携帯は床に落ち、涙が画面を濡らした。
私が返信する前に、彼は我慢の限界に達し、また電話をかけてきた。
「メッセージを見なかったのか?それと、示談書は書斎に置いてある。俺はホテルにいる。ここに来て、彩音にサインさせるから」
私はほとんど崩壊寸前で、もう怒りを抑えられなかった。
「もし私がサインしなかったらどうする?私の指を切り落とすつもり?」
電話は乱暴に切られ、携帯にメールが届いた。
それは母が出国前に彩音の会社と交わした契約書だった。
そのうちの一条項が太字で赤くマークされていた。
「出国後の危険については、お客様が自主的に責任を負うものとし、すべての解釈権は会社に属します」
脅しの意味は明白だった。
彼は私に選択肢を与えなかった。
渡辺一族の勢力は強大で、私には太刀打ちできなかった。
去ることが、私の唯一のチャンスだった。
結局、私は示談書を持ってホテルに向かった。
入り口に着くと、彩音が車から降りるところだった。
全身高級なドレス姿で、小さなドレスが彼女をまるでお姫様のように高貴に見せていた。
私を見た瞬間、彼女は口元を笑みを浮かべた。
「お姉さん?まぁ、あなたなの?なんて偶然」
「そうそう、おばさまの葬儀の手配はできた?私たちは家族なんだから。私も葬儀ビジネスを始めようと思ってるの。必要なことがあれば、遠慮なく連絡してね」