その時、「ピッピッピッ」とドアが開く音が響き、信彦が詩織を伴って入ってきた。
「これが詩織さんですか?」志穂は優しい表情で尋ねた。「どうしてお父さんと一緒に帰ってきたの?」
「学校まで迎えに来ただけよ」と詩織は彼女を一瞥し、まるで愚問を聞かれたかのように答えた。
志穂の笑顔が一瞬で凍りついた。信彦がわざわざ詩織を迎えに行ったなんて!
まさか信彦が自分に嘘をついていたのだろうか?
信彦自身が詩織に対して特に感情はないと言っていたはずではないか?
なぜわざわざ迎えに行ったのだろう?
信彦は詩織に脅されたという恥ずかしい事実を言いたくなくて、必死に言葉を選んだ。「詩織、こちらはお前の母親で、そしてこちらは妹の美月だ」
詩織はしばらく志穂をじっと見つめ、背筋がゾクゾクするほどの視線を送った後、ようやく口を開いた。「私の母親は死んだんじゃなかったの?死人が生き返ったの?」
「随分と度胸があるんだね」と、詩織は感心したように信彦を見つめた。
志穂の表情が凍りつき、目が赤くなった。彼女は涙をこらえるように、信彦をじっと見つめた。
「彼女はお前の継母だ!実の母親のように敬わなければならない!」信彦は怒りを込めて言った。「そんな馬鹿なことを言うな!」
「継母?」詩織は眉を上げた。「昔なら、後妻が家に入る時、先妻の位牌に頭を下げるのが礼儀だったけど、今はそんなこともない。でも、先妻と後妻には少しは区別が必要でしょ?誰かは私の母を忘れているかもしれないけど、娘の私は忘れるわけにはいかない。特に、母は私を産むために命を落とし、他の人に機会を与えたわけだから、そういうことだよね?」
「黙れ!」信彦は怒りで手を震わせながら、詩織を指さした。「お前が帰ってきて、家庭を乱すつもりか?もし家を混乱させたいなら、出ていけ!」
「そう」詩織は淡々と言った。どうせ任務は完了したし、あと三年の寿命がある。将来のことはその時になって考えればいい。
三年多く生きられるだけでも、十分に儲けものだ。
詩織はためらうことなく、すぐに外へ向かって歩き出した。
これが逆に信彦を困惑させ、体面を失わせた。「もしこのドアを出たら、もう二度と俺を父親だと思うな!」
詩織は彼の目の前で目を回しながら言った。「あなたが出ていけって言ったんじゃない?」
「信彦!」志穂は信彦の腕を抱き寄せ、冷静に大局を見る態度で言った。「詩織は結局十一年も田舎で育ったのだから、心に恨みを抱いているのも無理はないわ。当時のあなたの苦労を理解していないかもしれないけれど、時間が経てばきっと理解するようになるわ」
田舎育ちの娘は、礼儀知らずだ。
彼女の恨みは、誰に向けられているのか?
それは信彦ではないか?
志穂はたった一言で詩織の悪口を言いながら、同時に信彦にも引き下がる余地を与えた。
「お前の母親が頼んでくれたから、今回は見逃してやる」信彦は荒々しく言った。「次にまたこんなことがあったら……」
信彦は言葉を詰まらせた。
詩織は本当に歩き去るつもりだったからだ。
彼女は田舎で一体どんな生活をしてきたのか、こんなに性格が悪いなんて!
「次もやるわよ!」詩織はすかさず言い返した。
信彦は言葉を失った。
詩織は信彦を無視し、志穂に向かって言った。「竹内おばさんから、部屋を用意してもらったと聞いたけど、どこかしら?」
志穂の口角がわずかに震えた。「詩織、もし私を母と呼びたくないのなら、おばさんでも構わないわよ」
竹内おばさんなんて、まるで家政婦みたいな呼び方だわ。
「竹内おばさん、案内してくれる?」詩織は再び言った。
志穂は心の中で叫んだ。
この生意気な娘、まったく人の話が聞けないのか!
彼女は信彦の前で、優しい表情を保つのに苦労し、一瞬だけ顔に亀裂が走った。
信彦が不思議そうに見つめると、志穂はすぐに優しい笑顔を取り戻し、「ついておいで」と言った。
志穂は詩織を静かに彼女の寝室へと案内した。
率直に言って、志穂の表面的な対応は実に見事だった。
部屋の準備も完璧に整っていた。
詩織がクローゼットを開けると、中は見事に空っぽだった。
志穂は笑顔で説明した。「あなたのサイズや好みがわからなかったから、勝手に服を買うわけにはいかなかったのよ。明日、一緒にデパートに行って、好きなものを買ってあげるわ」
詩織はもうすぐ大学入試だろう?
帰ってきたからには、もう勉強なんてさせない。
毎日詩織を連れ出して、楽しませてやろう。
詩織が勉強できなければ、試験でどれだけ点が取れるか、面白いところだ。
「必要ないわ。一人で行くから」と詩織は言い、信彦に手を差し出した。「副カードを一枚ください。自分で買ってきます」
「何だって?副カード?」信彦は驚きと疑念を込めて言った。この生意気な娘が、この態度で副カードを欲しがるなんて?
「私だって中村家のお嬢様よ。外に十一年も捨てられてようやく戻ってきたのに、一枚の副カードも補償としてくれないの?世間に知れたらみっともないわよ。あなたは体面を大事にするんじゃなかった?」詩織は手を伸ばしながらあごを上げ、挑戦的に言った。「くれないなら、私も服は買わないから、このまま外を歩き回るわ。外の人は私が誰か知らないかもしれないけど、マンションの人たちは知ってるでしょ。見せてあげるわ、あなたが私に新しい服一枚買ってくれないことを」
「あらまぁ……宿主さんは武力だけでなく、厚顔無恥さも半端ないね。こんなにふてぶてしくお金を要求する人は初めて見たよ」とシステムは呟いた。
志穂は信彦が折れそうな様子を見て、慌てて言った。「詩織、十一年ぶりに帰ってきたんだから、帝都の変化は大きいわよ。ここでは土地勘もないし、一人で行くなんて無理よ。私が一緒に行って、スタイルも相談してあげるわ」
「そうよ、お姉ちゃん。田舎で十一年も過ごしたら、今流行のスタイルや美的感覚はわからないわよ。似合わない服を買って、外でもっと恥をかくわけ?」美月も続けて言った。
志穂は絶対に詩織に似合う服を買うつもりはないだろう。
服が高価でも、詩織が着たら必ずしも綺麗に見えるわけではない。
志穂はもっと深く考えていた。実は彼女自身、信彦の副カードを持っていないのだ。
美月はこれまで何年も甘えてきて、ようやく最近になって信彦を説得し、副カードをもらったばかりだった。
信彦が美月に渡すはずだった副カードを、詩織に渡さないでほしい。
「来る途中で調べたけど、帝都で一番のショッピングモールは秦野デパートで、そこにはすべて高級ブランドが揃ってるの。あのブランドは常に世界のトレンドをリードしてるから、そこで選べば間違いないわ。それでも悩んでしまうなら、店員さんが手伝ってくれるから安心よ」と詩織は言い、さらに手を差し出した。「中村家のお嬢様として、やっぱり有名なブランドを着るべきよね?そうじゃないと、みんなに笑われちゃうわ。竹内おばさんも美月も、ちゃんと高級ブランドを着てるでしょ?」
信彦はこめかみを押さえ、深いため息をついた。今は詩織を落ち着かせ、騒ぎを起こさないようにしたかった。
彼は歯を食いしばりながら、スーツのポケットからカードを取り出し、詩織に渡した。「これを持って、明日買い物に行きなさい」
「疲れたから、休むわ」と詩織は嬉しそうにカードを受け取り、命令するように言った。「竹内おばさん、夕食の時に呼んでね」
志穂は深く息を吸い込み、笑顔が震えていた。
詩織は本当に彼女を家政婦のように扱っているのか?その態度に志穂は戸惑いを感じていた。
信彦たち三人は詩織の寝室を出て、志穂は信彦に部屋着を渡すために彼と一緒に部屋に戻った。
彼女は信彦に部屋着を手渡しながら、詩織の悪口を言った。「やっぱり十一年も外で育ったから、私たちに親しみを感じないのね。買い物にも私を連れていきたくないなんて」
志穂は服を信彦に渡し、脱いだワイシャツを受け取った。「それにしても、なぜあなたはたまたま新しい副カードを持っていたの?」