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Capítulo 6: 王国解体ツアー

謁見を終え、玉座の間を出る。

さっきまでの張りつめた空気が嘘のように、王城の廊下は静まり返っていた。

拳志とアリシアが並んで歩いていると、硬質な甲冑の音が近づいてくる。

黒髪を短く刈り、鋼の甲冑を纏った男が現れた。

整った顔立ちに血の気はなく、冷たい眼差しだけ帯びている。

「姫様、王妃がお目通りを──」

男が恭しく頭を下げる。

アリシアは立ち止まり、拳志の方へ振り返った。

「……紹介しておくわ。カガーノス。王城直属の近衛騎士よ」

「……よろしくな」

拳志は干し肉を噛んだまま、じろりと相手を見上げる。

「顔色悪いな。メシ食ってんのか?」

アリシアは苦笑して肩をすくめた。

「……拳志。私、お母様のところに行くから、いい子にして待ってるのよ」

「俺はペットか」

軽いやり取りを残して、アリシアは歩き去っていく。

残された廊下には、拳志とカガーノスだけ。甲冑の金属音が、静けさにやけに響いた。

カガーノスは無表情のまま、一歩だけ間合いを詰める。

「あなたが……真堂拳志か。名は聞き及んでいる」

拳志は干し肉を噛み切り、肩を回した。

「なんや俺にも用事か?」

冷たい視線がこちらを射抜く。

「……姫様と、どういう関係だ」

「ああ、偶然助けてな、そっから成り行きで一緒におるだけや」

短い沈黙のあと、カガーノスはさらに問いを重ねる。

「…王国の庇護下に入らず、どこに向かうつもりだ」

拳志はわずかに笑い、鼻で息を吐いた。

「なんも決めてへん。……まぁ、こんな国でジッとしてるつもりもないしな」

カガーノスの瞳が細まり、低い声で続く。

「……力に理由はあるのか。お前が拳を振るう、その根は」

拳志は肩を回し、笑いを含ませて答えた。

「そんなもんあるかい。ムカついたら殴る。

守りたいもんがおったら守る。

それで十分やろ」

その言葉に、カガーノスの瞳がほんのわずか揺らいだ。

だがすぐに、氷のような色へと戻る。

「……愚直か、無軌道か。いずれにせよ、この国にとっては危うい存在だ」

「……見極めさせてもらう。お前が脅威か、それとも救いか」

「勝手に悩んどけ。俺は俺のやり方で動く」

カガーノスは短く息を吐き、一歩退いた。

無言で背を向け、甲冑の音を残して去っていく。

静けさが戻った廊下で、拳志は干し肉を噛みちぎり、ぼそりと呟いた。

「……見張り犬か。気に食わんな」

その頃──。

アリシアは案内に従い、王妃の私室へと足を踏み入れていた。

部屋には香の匂いが淡く漂い、外の喧騒は遮られている。

部屋の隅では、小さな蜘蛛が静かに糸を紡いでいた。

「……随分と勝手に振る舞っているようね、アリシア」

低い声。とても静かで、温度は冷たい。

「勝手じゃありません。間違っているものを、間違っていると言っただけです」

「正義を叫ぶのは簡単よ。でも王族の言葉は法に近いの。軽々しく口にすれば、国そのものを揺らすことになるわ」

「それでも、私は……」

王妃は一度だけ目を伏せ、長い睫毛の影を落とす。

だがすぐに、感情を切り離したような瞳で娘を見返した。

「アリシア。国とは秩序そのもの。民全員を救おうとする理想は、美しくても脆い」

「……じゃあお母様は、救える命を見捨ててもいいって言うんですか?」

「私は王妃。王に並び立ち、秩序を守る立場。私情で国を揺らすことは許されない」

「国を守る?それで失われる命はどうなるんですか!」

「その痛みを抱え続けるのが、統べる者の責務よ」

短い沈黙。アリシアは唇を噛みしめ、拳を握りしめた。

「……お母様。私は、そんな王国を変えてみせます」

王妃の表情は変わらない。だが視線の奥に、わずかな揺らぎが走った。

「……ならばせめて、忘れないことね。秩序は人を守る檻であり、人を縛る鎖でもあると」

アリシアは強くうなずいた。

王妃との面会を終え、拳志と合流した頃にはもう夕方だった。

二人は城下町へ下り、馴染みのない飯屋に腰を落ち着けた。

「……なあ姫さん」

「……なによ」

「この国、うるさすぎへん?」

「……それ、私が言うはずだったのに」

拳志は丼飯をかきこみ、アリシアは静かに水を飲む。

その時だった。

路地の奥から木箱が倒れる音が響いた。

「ったく、さっさと片付けろって言ってんだろうが!!」

「……す、すみません……!」

路地裏から、怒鳴り声と、木箱が転がる音。

広場のはずれで、茶色の髪をした少年が、荷物をぶちまけていた。

槍を携えた騎士団員が、少年の胸ぐらをつかみ、怒鳴り散らしている。

「お前なぁ、何回言えば分かるんだよ!? 雑用もまともにできねぇなら、やめちまえ!!」

「……っ……」

少年は、それでも黙って荷物を拾い続けていた。

拳志は、飯を食いながら、その光景をじっと見ていた。

やがて椅子を蹴るように立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。

「──見とれんわ。お前、何されても黙っとんのか」

少年が顔を上げ、振り返る。

「……え?」

拳志は、わざとらしく口角を上げてニヤついていた。

「お前……パシリの才能あるなぁ」

「は、はぁ……?」

「お前みたいに気ぃ使って一番動いて、そんで損してる奴見てると、なんかこう……感動するわ」

「何に感動してるのよ」

隣でアリシアが呆れたように突っ込む。

「……嫌なんか?その立場」

拳志は目の前の少年に、真剣な顔で問いかけた。

「……はい」

少年は、わずかに俯いて答えた。

「嫌です。でも……やめたら、僕には何も……残らないから……」

「……ははっ」

拳志が、乾いた笑いをもらした。

「お前、生きててつらそうやな」

次の瞬間。

「なにしてんだゴラァ!!」

少年を怒鳴りつけた騎士が、拳志に向かって怒鳴り返す。

拳志の拳が振り抜かれ、男の身体は壁へと叩きつけられた。

石壁が鈍くきしみ、騎士はめり込んだまま微動だにしない。

「声デカいやつほど中身スカスカなんや。どけ、ボケ」

拳志が無表情で言い捨てたあと、転がっていた木箱を拾い、足元に置く。

「お前が損しても、誰も見とらん。けど、俺は見てたで」

「ま、めげんなよ。ほら、肉まんやるわ」

「……ありがとう、ございます……」

少年は拳志の顔を見上げたまま、何かが崩れたように、少しだけ涙ぐんだ。

──その夜。

アリシアは、城壁の外の階段で、拳志に言った。

「ねぇ、拳志……やっぱり、私はこの国を変えたい」

「けど、今のままじゃ絶対ムリ。あの連中は私の声なんか聞かない。だから……私はあんたに、全部賭けるわ」

「壊して、叩いて、引っかき回して」

「どうせ誰も止められない。だったら、外から壊して、もう一度私が築く」

アリシアは拳志を見つめて、強く言った。

「それまで、私を姫って呼ばないで」

拳志は、一瞬だけ黙ったあと──笑った。

(やっぱりあいつに似てるな…)

「──決まりやな、“アリシア”」

「王国解体ツアー、開幕や」

腐った王国に、バカが殴り込みをかけるまで、あと少しだった。


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