空気が微妙なものに変わった。
葉山千秋は昨夜の自分の約束を思い出した。
妹に自分がクズ男であることを見せると約束したのに、今は彼の目の前で彼の妹と「イチャイチャ」している。
彼が手に持っていたお粥を彼女の顔にぶちまけなかったのは、すでに慈悲だったと言える。
「少しカッコよくしないと、目標は達成できないから」。
藤井詩織は好奇心旺盛に尋ねた。「何の目標?」
葉山千秋は藤井詩織に向かって悪戯な笑みを浮かべた。「同時に100人の彼女を作って、彼女たち全員がお互いの存在を知りながらも、私から離れられないようにすること」。
この言葉の潜り意味:ほら見て、私はこんなクズなんだ!
藤井詩織はそれを聞いて、澄んだきれいな目をまん丸く見開き、不機嫌になるどころか、称賛した。「……さすが私が目を付けた千秋お兄さん、その目標は本当に斬新ね」
葉山千秋「……」
藤井詩織は藤井直樹を見て、心底から提案した。「お兄ちゃん、千秋お兄さんを見習ったらどうかな」
藤井直樹「……」
しばらくして、彼は藤井詩織見て、淡々と言った。「ぐずぐずしてると、遅刻するぞ」
「わ、わかった」
詩織は両手で茶碗を持ち、ごくごくとお粥を飲み干した。
彼女は茶碗を置き、階上へ走りながら叫んだ。「千秋お兄さん、ちょっと待っててね。着替えてくるから、すぐ終わる」
彼女の背中が見えなくなったのを見届けてから、葉山千秋は藤井直樹に向かって少し悩ましげに言った。「本当に俺がクズ男だって伝えようと努力してるんだけど、でも、見ての通り……」
藤井直樹は彼女を見つめ、感情のない冷たい目で言った。「彼女がどう反応するかは気にするな。お前は自分のすべきことをしていればいい」
葉山千秋は目を細めて笑った。「なんでも言う通りにするよ」
その時、藤井詩織が着替えを終え、鞄を持って階下へ降りてきた。
葉山千秋は立ち上がり、藤井直樹に少し意地の悪い笑みを見せながら手を振って別れを告げた。「学校行ってくるね。夜になったら、どうやって同時に100人の女の子を口説くか教えてあげる」
藤井直樹「……」
緑豊かな小道は、静かで清々しかった。
藤井詩織は後ろ歩きしながら、好奇心に満ちて葉山千秋を見つめ尋ねた。「千秋お兄さん、さっきお兄ちゃんと何話してたの?女の子の口説き方を教えるって聞こえたけど」
葉山千秋はふんふんと鼻歌交じりに、意味ありげな笑みを浮かべて聞いた。「君のお兄ちゃんって、彼女いたことないの?」
「わからない」
藤井詩織は首を振った。
彼女は首を傾げて考えた。「多分、いないと思う。兄のそばに、女の子が現れたのを見たことないし」
「男の子は?」と葉山千秋は尋ねた。
こんな極上の人間は男女問わず人気があるはずだ。
藤井詩織はまた無意識に首を振りたくなった。
突然、彼女の体が硬直し、複雑な眼差しで葉山千秋を見つめ、小さな顔は次第にしわくちゃになった。
唇を動かし、何か言いかけては止めた。
彼女はしばらく悩んだ後、やはりのどに詰まっていた言葉を口にした。「千秋お兄さん……仮にあなたが本当に男が好きでも、私の兄貴を好きにならないで」
「は?」葉山千秋は笑い、ふざけて尋ねた。「どこで俺がお前の兄が好きだってわかったんだ?」
これは小説で、藤井直樹はただのキャラだ。
彼女は藤井直樹の外見も雰囲気もタイプだから、ついからかってしまったのだ。
からかわないのはもったいない。
藤井詩織は声を潜めて言った。「あなたが好きだから、兄を好きになるのが嫌ではない。兄は男に好かれるのがすごく嫌いなの。前に男が兄に告白したら、ぶん殴られて、堀川に投げ込まれたのを見たことがあるから」
「はは……」
葉山千秋は他人の不幸を面白がって笑った。
あの顔は確かに優れすぎていて、男性から直接告白されても少しも不思議ではない。
彼女は藤井詩織の肩をポンと叩いた。「安心しろ。俺はただ、お前の兄貴の顔が好きなだけだ」。
藤井詩織は口を大きく開けて、とても驚いた様子だった。「まさか兄の体を狙ってるの?」
葉山千秋は彼女を訂正した。「顔だよ、顔。体に興味ない」。
「でも私はあなたの顔も体も好きだ」。
葉山千秋は言葉に重みを込めて言った。「じゃあ、これからよく覚えておけ。顔が好きなら顔だけ好きでいろ。絶対に体を欲しがるな。本能で動いて心で動かないのは、顔至上主義者には合わない。そうしないと、俺たち顔至上主義者が浅はかに見えすぎる」。
藤井詩織:「……」
よくわからないけど、すごく道理があるように聞こえる。
藤井家から学校までの距離は、遠くもなければ、近くもない。
緑豊かな小道からバス停まで、歩いて約十分。
バス停から学校まで、さらに二十分ほどかかる。
普段、藤井詩織は自転車で通学しているが、それでも三十分以上かかる。昨日は葉山千秋を連れてタクシーで帰るため、自転車を学校に置いてきた。
藤井詩織と葉山千秋は同じ学校だが、クラスは違う。
今日、藤井詩織は日直で、早めに教室に行かなければならなかった。彼女はバスを降りるとすぐに先に走り去った。
千秋は元の持ち主の記憶をたどって、教室へ向かった。
三年七組
彼女の前を歩いていた女の子が突然振り向き、赤らんだ顔に怒りを表し、黒い瞳に濃いほど嫌悪感を込めて言った。「葉山千秋、もうついてこないでくれる?」
千秋「……」
ついてくる?
この女、誰だ?
彼女はすぐに思い出した。この女生徒は【恋雪】のヒロイン——菊池螢だった。
原作では、菊池螢は見た目は驚くほど美しいわけではなく、普通の清楚な少女といった感じだと書かれていた。
しかし、仕草には何とも言えない雰囲気があり、、怒っていてさえも可憐で愛らしく、思わず噛みつきたくなるような魅力があるという。
多くの男子生徒の心の中の女神である。
とにかく、原作は菊池螢の魅力と感動をたくさん書いた。
全身の至る所、どこもかしこも長所だらけで、顔立ちが平凡でも、その視線、その甘い吐息で男性が惚れる。
だからこそ、最後には五人の男主人公が妥協し、二十メートルもの大きなベッドを買って、
6人で一緒に寝るのだ。
しかし、彼女が今、菊池螢を見ても、まったく感じられず、頭の中には彼女と男主人公たちの、エッチな場面しかなかった。
男主人公たちは異なる時間、異なる場所で、欲望の化身のようだった。
ヒロインもまた超強力で、心も体も素晴らしい。
感心するほどだ。
残念ながら、彼女という悪役令嬢と菊池螢というヒロインは、生まれながらの宿敵だった。
だから、時には丁寧である必要もない。
葉山千秋は直接言い返した。「何がついてくるだ、この教室へ通じる道はお前が敷いたのか?」
菊池螢は心の中で驚いた!
彼女は完全に予想していなかった。葉山千秋がこんな風に彼女に返すとは。
以前は深情けな様子で、彼女の側にくっついていたのに。
菊池螢はとても気まずそうだった。
彼女は顔を赤らめて、怒りを抑えきれずに一言言った。「言ったでしょ、どうあがいても、あなたのことなんて好きにならないって!」