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Capítulo 6: 風の平原

「情報屋さん、ここにも一匹。アイアンリザードだ……」

 若い冒険者が手を振った。情報屋と呼ばれた――実際に情報屋なのだが、その中年男は手帳に、モンスターの死骸の名前を書き込んだ。

「見てくれよ、情報屋さん。このトカゲ、頭をひと突きだぜ。この高さ二メートルの化け物の背に飛び乗ってとか、身軽すぎる……」

「頭をひと突きか……」

 情報屋は眉をひそめた。

「こりゃあ、噂の海竜殺しの仕業かもな」

「何です、海竜殺しって?」

「一昨日、海竜の死骸が打ち上げられたって話は知っているかい、ニイちゃん」

 若い冒険者は首を横に振った。

「本当か!? 知らなかった……」

「そいつが頭の中を潰れていたんだ。いったい全体どうやったのかわからないがな、人間業には思えないって皆言ってる」

「じゃあ、人間以外がやったんじゃないですか? 海竜を倒したのは」

 冒険者が思ったままを口にする。情報屋は薄く笑みを浮かべた。

「ところがどっこい。死体になって打ち上げられれる前に海竜を最後に見た奴の証言だと、ライヴァネン王国の元聖騎士殿が単身、あの海竜に飛び乗って戦いを挑んだんだそうだ」

「ライヴァネンの聖騎士!?」

 若者は驚きに目を見開いた。

「聖騎士って言えば、神の加護で凄い力を持っているとかっていう……」

 情報屋は鼻で笑う。冒険者村のギルドでも、もっぱらそのような反応だった。そのライヴァネン王国はアダマンタ帝国によって占領され、聖騎士は廃業、否、追放されたという話を知っているのだろうか……?

「そう、その聖騎士様が海竜を殺しじゃないかって話になってる。それでこの――」

 情報屋は、アイアンリザードの死骸複数を眺める。

「トカゲ殺しも、やった奴は相当な腕利きだ。おそらく海竜殺し、元聖騎士だろうな」

 それで――情報屋は人が歩いた痕跡を辿り、岩山の切れ目を睨んだ。

「ここで内陸に向かったな。どうやら冒険者村に戻る気はないとみた」

「冒険者村に戻らないって正気ですか? そりゃ死にますわこりゃ……」

 冒険者は呆れ顔になった。この暗黒島のモンスターを馬鹿にしてはいけない。アイアンリザードは低ランク冒険者にとっては難敵ではあるが、これより強いモンスターは山ほどいる。

「元聖騎士殿はライヴァネンの出身だというし、もしかしたら以前かの王国が作った出城に向かったのかもしれないな。そもそもそいつの目的が何なのかオレたちも知らないわけだし」

「でも、廃墟しかないんでしょ? おれは行ったことないですけど」

「今も生きている奴がいるとは思えないな。大体、この暗黒島にきた軍隊は、モンスターがおっかなくて例外なく逃げていったからな」

 だからこの島には冒険者や追放者、犯罪者に不幸な漂流者くらいしか人はいない。

「情報屋さん、まさかこれ以上進むとか言わないですよね?」

 若い冒険者は嫌そうに口を尖らせた。

「この先の平原、死竜のテリトリーですよね? 横断しようとした奴は、例外なく殺されるっていう」

「そういうこった」

 情報屋は振り返った。

「平原の死神。一度捉えられたら、振り切れない屍のドラゴン……。さすがの海竜殺し、聖騎士殿も助からないだろうな」

   ・  ・  ・

 トールとブランは踝程度の長さの草の生えた草原にいた。遮るものがない平坦な地形は、遠くを見通せる一方で、風が強かった。所々に点在する岩以外、特に目を引くものはない。

「ほら、水だ」

 人ほどもある大岩の陰にしゃがみこんで休憩する二人。強風にさらされ続けるのは思いのほか体力を消耗する。

 魔法で作り出したカップに、同じく魔法で作った水が注がれた。ブランの用意した水を受け取り、トールは喉を潤す。

「……おいしい水だ」

「魔法で作った水だからな」

 ブランは胸を張る。自然にある水だと、煮沸しないと腹をくだすかもしれない。ろくに飲めたものではないことを考えれば、手間なく飲める水は便利である。

「それでトール。退屈しのぎにお前の話をしてくれよ」

 銀髪の魔女はせがんだ。

「黄金郷を目指して、魔法の杖を求める……。その杖を手に入れたらどうするつもりだ? 追放した故国への復讐か? それとも世界征服でも願うか?」

「そんな物騒なことはしないさ」

 水を口に含み、よく噛みしめて飲む。

「俺は追放されたけど、それは帝国に寝返った裏切り者のせいだ。ライヴァネン王国を恨んではいないし、むしろ助けたいと思っている」

「追放されたのに? もう国には帰れないのだろう?」

「それはそうだ。だけど俺はあの国で聖騎士をやっていたんだ。国や王族への忠誠を誓った。それを違えるつもりはない」

 トールは天を仰いだ。

「帝国は俺たちの国に呪いをかけた。人を石に変えて、自然を瘴気を放つ毒の環境に変えた。それを元に戻すのに、黄金郷伝説の魔法の杖に頼ろうとしているんだ」

「あくまで国のため、人のためか」

 ブランは肩をすくめた。

「自分のためには使わないのか?」

「国を救うこと。それは俺の望みだ。だから俺のためでもあるよ」

 先の戦争ではライヴァネン王国を守れなかった。呪いによって主力の軍勢を失った王国は帝国に屈したのだ。聖騎士として国を守り切れなかったことは、痛恨の極みであった。

「ふうん、お前が王国に忠誠を誓った騎士らしいというのはよくわかったよ」

 呆れとも感心ともつかない顔でブランは言った。

「忠義を貫こうとする者は嫌いではないよ。私が王族であったなら、最後まで尽くしてくれる配下に欲しいところだ」

「もう、先約があるからな。他をあたってくれ」

 トールは立ち上がる。休憩は終わりだ。日が落ちる前に、かつての王国の砦にできるだけ近づきたい。

「……トール。強い何か――いや大魔獣の気配だ。近づいてくる!」

 ブランが警告した。トールも視線をそちらに向ける。分けられた黄金郷の魔女の力の一部を持つ十二体のモンスターのいずれかが、こちらに迫っている。

「向こうから来てくれるのなら、探す手間が省けるな」

「あちらが向かってくるのは、単にここがそいつのテリトリーだからだ」

 魔女は手に杖を召喚し身構えた。

「油断するな。相手は、強いぞ……!」


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