柏木彰人はペンを投げ捨てた後、すぐに後悔した。
手を伸ばして破り捨てようとしたが、次の瞬間、詩織がその協議書を取り上げ、すでにバッグの中にしまい込んでいた。
詩織は玲奈を見つめた。「あなたの勝ちね。今日のように、ずっと幸せでいられることを祈るわ」
詩織は部屋を出ていった。
玲奈は彰人の手を引き、「彰人さん、私、嬉しくないわ。姉さんを追いかけて!誤解されてるって伝えて!」
彰人は言った。「行かせておけ!」
彰人は腹立たしげに階段を上がった。絶対に詩織の思う通りにはさせない!
明日、遅くとも明日には!
詩織はきっと尻尾を巻いて戻ってくる!
詩織は大学教師に過ぎない、どんな人脈があるというのか?すべての問題は、結局彼が出て解決するしかないのだ。
明日からは、彼女を従順にさせてやる。
玲奈はホールに立ったまま動かず、詩織の背中を見つめ、笑い始めた。
確かに彼女は勝った。詩織が築き上げたものを、崩れ落ちるのを目の当たりにした。
詩織の結婚という建物は崩れ、廃墟になった。
玲奈は歓喜したかった。
詩織が潰れてこそ、詩織からのプレッシャーも消えるのだ。
さもなければ、貧困学生の玲奈が大学生の詩織のおかげで這い上がれたという物語が、永遠に残ってしまう。
これからは、もう詩織の影に生きることはない。
突然、玲奈の携帯が鳴った。彼女が出ると、
友人の由美が慌てた声で言った。「玲奈!ネットであなたの悪評、本当なの?」
「どんな悪評?」
由美は心配そうに言った。「今、すべてのSNSであなたの悪評が出回ってるの!どうしよう?急にネット工作員が増えたみたい!」
玲奈は無関心に答えた。「私に悪評なんてないわ。今日の詩織さんの発表会も見たでしょ。私と彰人さんは先に恋愛関係だったのに、彼女が横取りしたの。長年、私は屈辱に耐え、愛人と言われ続けた」
「何年もの間、汚名を着せられてきたけど、今日やっと名誉を回復したわ。私にどんな悪評があるっていうの?」
由美は電話の向こうで焦って足を踏みしめた。「それは詩織が言ったことよ!今出回ってる情報はPPTで、すべての時系列がはっきりしてるの!」
玲奈の心に波紋が走った。
由美は続けた。「それに、14歳の時、家庭が貧しくて、詩織があなたの村に文房具を届けに来たとき、あなたは彼女に土下座して学費を出してほしいと頼んだのよ。頭を地面につけて、一生牛馬のように報いると言ったらしい。当時詩織は大学1年生で、彼女自身の実家も貧しく、学費を払ってくれる人もいなくて、奨学金だけで大学に通ってたのに、あなたの学費を援助する余裕なんてなかったはず」
玲奈の耳はブンブンと鳴り、もう話がよく聞こえなかった。
由美は携帯を持ったまま時系列を続けた。「でも彼女はバイトでお金を稼いで、あなたの学費を払ったのよ」
「詩織が大学2年の時、最初の特許を彰人に譲渡したら、彰人は彼女にバッグをプレゼントした。でも詩織はそれをすぐに売って、あなたの学費として送金したの」
玲奈は発狂した!こんなこと聞きたくない!
もっと言えば、誰にも知られたくなかった!
玲奈はヒステリックに叫んだ。「でたらめ!全部でたらめよ!デマを流した人を見つけてやる!絶対に見つけてやる!」
玲奈は携帯を床に叩きつけた!
階段の入り口で、彰人が駆け下りてきた。彼の表情は極度の驚きと恐れに満ちていた。
玲奈は救いの藁にすがるように彰人の手を取り、泣き始めた。「彰人さん、あなたも見たの?怒ってるのよね?この世論をなんとかしてくれるわよね?」
彰人は手のひらを開いた。そこには妊娠検査薬があった。
彰人の目は呆然とした後、喜びの涙に変わった。「詩織が妊娠した!彼女は妊娠したんだ!俺はパパになるんだ!」