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Kabanata 7: 馬車の悲鳴

川沿いの街道がゆるく曲がった先で、金属がぶつかる音。馬のいななき、怒鳴り声。

焦げた匂いが風に混じった。

「ユウキ、前っ……! 危ない、かも」

エリカが袖をきゅっと引く。スミオが俺の肩で「ぷる」と震えた。

茂みの隙間からのぞくと、馬車が斜めに止まっていた。

片輪は外れ、御者台には血のにじむ男。護衛は二人とも倒れている。

黒布の盗賊が四、五人、扉金具に刃をこじ入れていた。

「中、いるな」

「行くの?」

「——行く」

草を蹴る。折れた木剣の柄を握り直す。エリカは左へ回り、スミオは「ぽん」と跳ねて低く構えた。

「おい、誰だ!」

刃が振り上がる。カン、と手首をはたく金属音。刃が逸れ、肩口を突くと男がよろけた。

「なめんな!」

横合いからもう一人。

「スミオ!」

「ぷるん!」

目の前で“ばちん”。透明な膜が一拍だけ広がり、盗賊の視界が詰まる。「っ……!」と顔が反れる。その膝裏を払って崩す。

「馬を抑えて!」

エリカの指が走る。小さな光輪が開き、突っ込んできた足首を絡めた。

「なんだこれ――!?」もがいた拍子に地面へ転ぶ。

「無事ですか!」

扉に叫ぶ。返事はない。

——その瞬間、こじ開けられた隙間から刃先。白い袖が紙みたいに裂けた。「きゃっ!」短い悲鳴。

「やべ——!」

体が先に滑り込む。

肩で扉を押し込みながら、折れ柄で刃をぐっと押し上げる。

肘が痺れる衝撃。あと一拍遅ければ刺さってた。

「こっちは任せて!」

エリカの声。

斜めから薄い壁が立ち、盗賊の刃が澄んだ音で弾かれる。足元には細い線が走り、踏んだ足首だけが重くなる。

「右、スミオ!」

「ぷるっ!」

側頭部に体当たり。盗賊の頭がぐらりと傾く。

「退け!」

最後の一人が御者台へ走る。盾に——させるか。

「エリカ!」

「うん!」

御者と盗賊の間に結界が立つ。

跳ね返った刃が手から抜け、ガランと転がる。

「今だ!」

胸を押し倒し、手首をはたく。剣は土に沈んだ。

息が荒い。喉が焼ける。——間に合った。

心臓が走ってる。

「引け!」

ひとりが舌打ちして森へ。

「ぷるっ!」

スミオが矢みたいに飛ぶ。

「やめろ!」

抱き止めると、小さな体が腕の中で跳ねた。

「追うな。手当が先だ」

「……ぷる」

名残惜しそうに森をにらんで、スミオは戻る。

御者の脈は弱いがある。

「扉、開けてもいいですか」

ノック。鍵の音。少し開いた隙間から、若い女の子の顔。

金飾りのドレスは泥に汚れ、裂けた袖口をきゅっと握っている。それでも背筋はまっすぐだった。

「……助けていただいて、ありがとう」

震えた声なのに、目は逸らさない。息を整えると、きっぱりと言った。

「私はリディア。近隣領の屋敷へ向かう途中でした。護衛は倒れ、御者もこの通り。失礼を承知でお願いするわ。近くの村まで、送っていただける?」

貴族の言葉。礼を言い、線は崩さない。強い子だ。

「村はここから半刻ほど」

エリカが川を見て言う。

「行けるよね?ユウキ」

「ああ」

「その前に手当を」

エリカが御者を結界の内側へ。掌の薄い光が傷をなぞる。血が収まり、呼吸が浅く整う。

「助かるわ。あなたたちは……旅の者?」

「そんなところ」

「礼は必ずする。今は何も出せないけれど……判断は、評価してあげる」

強がりの硬さ。その手は、裂けた袖をまた握りしめていた。

「ぷる」

スミオが手の甲に“ぺとん”。

「……かわいい。あなたがいちばんの勇者かもしれないわね」

「ぷるっ」

馬を落ち着かせ、車体を押し上げ、石で支えて水平に戻す。御者台は俺。

手綱は重いが、馬は素直だ。

エリカは左を歩き、リディアは中。スミオは御者台と窓の間を往復する。

「さっき、よく動けたな」

「ユウキが先に走ったから。——迷わなかった」

「そっちのが早いだろ」

「今日は、あなたが早かった」

照れくさい。けど、悪くない。

街道に戻る。風が少し冷たい。車輪のリズムと、川の音。

「あなた方はどちらへ?」

リディアの声。

「次の町。宿があるって聞いた」

「なら途中の村で一泊を。道が荒れてる場所があるの。日暮れは危ないわ」

「助かる」

「当然よ」

短く言って黙る。窓から見える彼女の指先が、ぎゅっと組まれてはほどけた。まだ怖いはずだ。

「護衛は……助かる?」

「ひとりは大丈夫。もう一人は——」

エリカが言葉を選ぶ。リディアは目を伏せて、すぐ持ち上げた。

「仕方ないわ。先に進みましょう」

林の切れ間から屋根がのぞく。小さな村だ。

「怪我人だ、誰か!」

呼ぶとすぐ人が集まる。台車、水、布、薬草。手際がいい。

「部屋、貸せますよ」年配の女。

「お願いします。費用は私が——」

リディアは財布に触れて、そこで俺を見た。小さく息を吐く。

「……後日、必ずお支払いします」

「礼なんていらないよ。困った時はお互いさま」

女は笑う。リディアはきちんと頭を下げた。さっきより表情が柔らかい。

広場の端で腰を下ろす。水で埃を落とす。スミオは子どもたちに囲まれ、「つん」と順番に挨拶。

リディアが歩いてくる。

「改めて、ありがとう」

「無事でよかった」

口にした途端、遅れて緊張が抜けていく。あの刃先が、まだ頭の隅に残っていた。

「明日、屋敷までの案内人を頼みます。よければあなた方も一緒に。途中までで構わない」

視線が俺に向く。俺はエリカを見る。 

「行こう」

エリカが頷く。

「助かるわ」

リディアは短く息をつき、また背筋を伸ばした。強さと弱さが並んで見える。

夕焼けが畑の端に落ちる。家々から立つ煙は温かい匂い。

「スミオ、今日は働いたな」

「ぷるっ」

胸を張る音色。エリカがくすっと笑い、俺もつられた。


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