第06話:殺意の味噌汁
夕食を終えた詩織が二階の寝室で休もうとしていると、玄関のドアが開く音が響いた。
怜が帰ってきたのだろう。詩織は振り返ることもせず、ベッドに腰を下ろした。
「ただいま」
怜の声に続いて、聞き慣れた女性の笑い声が聞こえてくる。
詩織の手が止まった。
「お邪魔します」
彩霞の声だった。
詩織は階段を下り、玄関へ向かった。そこには怜と彩霞、そして使用人が彩霞の大きなスーツケースを運んでいる光景があった。
「詩織」
怜が振り返る。
「彩霞が部屋を見つけるまでの間、ここに泊めることにした」
一方的な宣言だった。詩織の意見を求める気など、最初からない。
「ほんの数日だけよ」
彩霞が申し訳なさそうに微笑む。完璧な演技だった。
詩織は静かに頷いた。
「そう」
怜が眉をひそめる。
「怒らないのか?」
「冗談よ」
詩織は微笑んだ。本心を隠して。
心の中では、すでに決めていた。三日後には自分がここを出ていく。
「詩織って本当に優しいのね」
彩霞が安堵の表情を浮かべる。
「怜、明日は詩音を遊園地に連れて行くって約束したでしょう?」
「ああ、そうだったな」
怜の顔が緩む。
「家族三人で出かけよう」
家族三人。
詩織はその言葉を聞き流した。もうどうでもよかった。
夜が更けて、詩織が眠りにつこうとした時、廊下から声が聞こえてきた。
「今夜は一緒に寝て」
彩霞の甘えるような声だった。
「だめだ。詩織は法律上の妻だ」
怜が拒む声が続く。
「結婚届に書いた名前は私よ。あの人の方が偽物」
彩霞の言葉が詩織の胸を突き刺した。
「分かった。お前が滞在している間は、詩織に指一本触れない」
怜の約束する声が聞こえる。
詩織は枕に顔を埋めた。もう何も感じなかった。
翌朝、詩織が階下のダイニングに降りると、怜と彩霞がすでに朝食をとっていた。
「おはよう、詩織」
彩霞が振り返る。エプロン姿で、まるでこの家の女主人のように振る舞っている。
「お味噌汁、作ったの。どうぞ」
彩霞が詩織に椀を差し出した。
詩織がその中を覗いた瞬間、血の気が引いた。
味噌汁の底に、栗が沈んでいる。
「私、栗にアレルギーがあるの」
詩織が静かに言った。
彩霞の目が一瞬光る。
「あら、そうだったの?ごめんなさい」
彩霞が涙を浮かべた。
「せっかく早起きして作ったのに……」
「彩霞」
怜が立ち上がる。
「詩織、彩霞の苦労を無にするつもりか?」
詩織は夫を見つめた。
「私が栗にアレルギーがあるって知ってるくせに、彼女の苦労に配慮しろって?」
詩織の声が震えた。
「私の命を危険に晒してまで?」