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第1話:偽りの結婚証明書
[氷月(ひづき)詩織(しおり)の視点]
市役所の窓口で、私は住民票の再発行を申請していた。
「氷月詩織です。住民票を再発行していただきたいのですが」
職員の女性が私の身分証明書を確認し、コンピューターの画面を見つめる。しばらくして、困惑した表情を浮かべた。
「あの、氷月さん。こちらの印章なのですが……偽造されているようです」
「え?」
心臓が一瞬止まったような感覚に襲われる。
「それと、戸籍上では氷月さんは『未婚』となっています。影宮(かげみや)怜(れい)さんは『既婚』と表示されていますが、お相手は『綾辻(あやつじ)美夜(みや)』さんという方になっています」
職員の言葉が頭の中で反響する。綾辻美夜。聞いたことのない名前だった。
「そんな……間違いじゃないですか?私たち、5年前に結婚したんです」
「申し訳ございませんが、法的には氷月さんは未婚のままです」
足元が崩れ落ちるような感覚だった。5年間、私は影宮怜の妻として生きてきた。それが全て嘘だったというのか。
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その頃、影宮家では怜が顧問弁護士と重要な話し合いを続けていた。
「美夜の件はどうなっている?」
「順調です。彼女の協力があれば、チャリティー事業の拡大も問題ありません」
「そうか。詩織のことなら心配いらない。あいつは俺を深く愛しているし、俺のために氷月家とも絶縁した。もう後戻りできないんだ」
怜の声には冷たい計算が込められていた。
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[氷月詩織の視点]
呆然としたまま家に帰ると、玄関の扉越しに怜の声が聞こえてきた。
「詩織のことなら心配いらない。あいつは俺を深く愛しているし、俺のために氷月家とも絶縁した。もう後戻りできないんだ」
息を潜めて聞き耳を立てる。
「美夜の件はどうなっている?」
美夜。市役所で聞いた名前だった。
「順調です。彼女の協力があれば、チャリティー事業の拡大も問題ありません」
「雫(しずく)の養子縁組の件も、美夜が同意してくれれば問題ない」
雫。星見の揺り籠にいる、あの子の名前だった。
頭の中で点と線が繋がっていく。怜が突然チャリティー団体を設立したこと。雫に対する不自然なほどの優しさ。全てに理由があったのだ。
雫は怜と美夜の娘なのだ。
強烈なめまいが襲い、石段に膝をぶつけて倒れ込んだ。
「詩織!」
物音に気づいた怜が駆けつけてくる。心配そうな表情を浮かべながら、私をソファまで運んでくれた。
「大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
偽りの優しさ。全てが演技だったのだ。
「熱中症かもしれません。少し休めば大丈夫です」
「そうか。水を持ってくる」
怜が立ち上がろうとした時、私は最後の望みをかけて口を開いた。
「あの、怜さん。住民票を新しく取りに行きませんか?」
怜の動きが一瞬止まる。
「そういう細かいことは、弁護士に任せよう」
目をそらして答える怜。その瞬間、全ての希望が砕け散った。
八月の夏に、私の心は氷の底に沈んだように冷え切っていた。
目を閉じる。この絶望的な状況から、私はどうすればいいのだろうか。