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Kabanata 2: 姫と不良

──ぐうううぎゅるるるるる……

腹が、減っていた。

「くっそ……草むらで寝た上に、朝から何も食っとらん……」

真堂拳志は、ズルズルと山道を歩いていた。

異世界転生だというのに、出会うのは獣と雑草ばかり。

「おかしいやろ……もっとこう、勇者とか歓迎されるやつちゃうんか……」

そんな時だった。

──キャアアアアアアッ!!

森の奥から、少女の悲鳴が響いた。

反射的に拳志は顔を上げる。

「……は?」

直後、地を揺らすような爆音。

鳥たちが一斉に飛び立ち、森がざわめく。

「腹減って死にそうな時に悲鳴と爆発音て……」

一拍置いて、目線を森の奥へ。

「フラグっちゅうやつやな。行くしかないやろ」

拳を握って、ずかずかと爆音の方へ向かい始める。

「くっ……結界が……ッ!」

森の奥の開けた平地。

淡い蒼光のバリアが、今にも破られそうなほど揺らいでいた。

その中にいるのは──青いドレス、金髪の少女。

「王国の姫……アリシア=レイネルト。貴様には死んでもらう」

結界を挟んだ外側には、二体の魔物。

ひときわデカい棍棒を持った赤肌のオークと、

チビのくせに偉そうに笑っているゴブリンが、姫を挟むように立っていた。

オークが唸るような声で言い放つ。

「マオーサマ、言ってた……マオーサマ殴ったヤツの、知り合い……全部ぶっ潰せって!」

「……ッ、意味がわからない……!」

アリシアは魔力を振り絞って結界を張るが、魔族の攻撃に亀裂が走る。

オークが拳を振りかぶった、そのとき──

「おーい、そこのブタとブス。女の子いじめんなや」

声と共に拳志の拳が振り抜かれた。

鈍い衝撃音が森を震わせ、オークの頬骨が歪む。

巨体はそのまま地面に叩きつけられ、顔面ごと土にめり込んだ。

大地が揺れ、地響きと共に魔族は沈黙する。

ゴブリンが数歩後ずさりしながらも、牙を剥いて威嚇する。

だが、その目にははっきりと──恐怖が浮かんでいた。

(まさか……まさかこいつは……)

数日前の、あの光景。

空が赤く染まった、あの遺跡の広場。

その中心で、魔王を──たった一撃で沈めた。

「キ、キサマは……魔王様を……一撃で……ッ!」

言葉が震え、足がすくみ、声は裏返るばかりだった。

拳志は、ポケットに手を突っ込んだまま肩を鳴らす。

「そーやけど?」

「腹減っとんねん。無駄に動かさすなよ」

「ひゅえぇぇぇっ!!?」

叫び声を残して、ゴブリンは点になり、空にキラーンと光った。

拳の軌道すら見えなかった。

アリシアが、呆然と立ち尽くす。

「──ッ……あなた……誰……?」

「ただの通りすがりや」

その言葉に、しばらく沈黙していたアリシアが目を細める。

「……恩に着せるつもりかしら?」

しばらくして、バリアを解いたアリシアが言い放った。

「助けたつもりもないけど、礼も言わんのかい」

「私は王国の姫よ?無礼者!」

「知らんがな。ただのうるさい女にしか見えへんけどな」

「な、なによそれ!誰のことをうるさいって言ったのよ!」 

「あー、うるさいうるさい。そんなことより食糧持ってへんか?」

そこに、騎士団の部隊が駆けつけ、剣を構える。

アリシアを守るように前に出た騎士が、拳志に睨みを向ける。

「その方から離れろ!」

拳志が怪訝な顔で振り向く。

「はあ?お前らの姫、俺が助けたんやけど?」

騎士たちがざわつく中、隊の一人がぽつりと呟いた。

「え、あなたが……って、このオークの顔どうなってる!? 地面にめり込んでるぞ!?」

その瞬間、空気が止まる。

騎士団長らしき男が小さく舌打ちする。

「余計な口を開くな。下がれ」

だが拳志は、肩を鳴らしながら笑った。

「ええやん。そんくらいのノリのが、話しやすいわ」

アリシアが眉をひそめる。

「まったく……騎士団も、この男も……まともなのがいないのね……」

一方、統律の塔。

仮面をつけた神官たちが再び集まり、光の記録を凝視していた。

そこには──森で魔族を殴り飛ばす拳志の姿。

その後ろに、呆然と立ち尽くす王国の姫アリシア。

「……また魔族を討ったか。今度は王国の姫と接触まで」

「偶然にしては出来すぎている」

会議室にざわめきが走る。

仮面の奥から漏れる声は、どれも不安を帯びていた。

「異物……悪意はないように見える」

「だが、理を知らぬまま法を越えて裁きを振るう。最も危険な存在だ」

沈黙を切り裂き、玉座の神官が低く告げる。

「このまま進めば──統律は歪む」

ざわめく神官たちをよそに、会議室の隅で黒衣の青年が薄く笑った。

「……面白い。次はどんな喧嘩を買うつもりだ、拳志」

その頃、拳志は──

「クソみたいな魔物に、うるさい姫。ほんま、しゃあない世界やで……」

焚き火を囲んで、騎士団からカツアゲした干し肉をあぶっていた。

「まあええ。喧嘩売られたら買うだけや」

この時、運命が動き出した。

王国の姫と──最悪のヤンキーが出会ったことで。


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