第10話:静かなる怒りの炎
実家のリビングで、刹那は久しぶりに両親と穏やかな時間を過ごしていた。母が入れてくれた温かい茶の香りが部屋に漂い、父は新聞を読みながら時折娘の様子を見守っている。
「宗司さんはとても良い方ね」母が微笑みながら言った。「あなたを大切にしてくれそうで安心したわ」
刹那は静かに頷いた。確かに、宗司の優しさは本物だった。空港での初対面から、彼は決して刹那を急かすことなく、常に彼女のペースに合わせてくれていた。
「実は」父が新聞を置いて振り返った。「龍胆家には長年お世話になっているんだ」
「お世話?」
「氷室家が経営難に陥った時、龍胆家が陰ながら支援してくれていたんだよ。もう十年以上になるかな」
刹那は驚いた。そんな事実を全く知らなかった。
「なぜ教えてくれなかったの?」
「君に負担をかけたくなかったからだ」父の表情が少し曇った。「龍胆家の援助がなければ、氷室家はとうに破産していただろう」
母が刹那の手を握った。
「だからこそ、今回の縁談は運命だと思うの。宗司さんとの結婚が、あなたにとって悪い選択ではないかもしれないわ」
刹那の胸に温かいものが広がった。もしかすると、この結婚は思っていたよりも良いものになるかもしれない。
三日後の朝、宗司が迎えに来た。
「お疲れ様でした」宗司は両親に丁寧に挨拶をした後、刹那に向き直った。「準備はできているか?」
刹那は頷き、両親に別れを告げて宗司の車に乗り込んだ。
車が動き出してしばらくすると、宗司が刹那を見つめた。
「その帽子、似合わないな」
刹那は慌てて帽子に手を当てた。頭の傷を隠すために深くかぶっていたのだが、確かに服装には不釣り合いだった。
「どうして怪我をしているのか分かっているのか?」
刹那の心臓が跳ね上がった。
「え?」
「車に乗る時、頭をぶつけて痛がっていただろう。それに、その帽子の下には包帯があるはずだ」
宗司の観察眼に刹那は驚愕した。
「推測したんだ」宗司は淡々と続けた。「家に帰る前に、病院で検査を受けよう」
車は病院の前に停まった。
私立病院の最上階。霧咲(きりさき)医師が二人を待っていた。
「宗司さん、お久しぶりです」
「霧咲先生、妻の検査をお願いします。特に頭部を丁寧に」