第6話:屈辱の代償
雫の心臓が激しく打った。
蓮の言葉が、まるで氷の刃のように胸を貫く。「好きにすればいい」——その一言で、雫は完全に他人の手に委ねられた。
男が雫の前に立った。
「肩もみで百万円」男がにやりと笑った。「でも、膝をついてやってくれるなら、さらに百万円追加してやる」
二百万円。
雫の脳裏に、手術費の数字が浮かんだ。六百万円のうち、三分の一。
「さらに」男が続けた。「俺の足元に膝をついて頭を下げるなら、もう二十万円やる」
二百二十万円。
雫の唇が震えた。屈辱的な提案だった。しかし——
治療費のためなら。
雫は迷わず膝をついた。
部屋が静まり返った。誰もが息を呑んで、雫の姿を見つめている。
「お願いします」雫が頭を下げた。「マッサージをさせてください」
男の顔に、勝利の笑みが浮かんだ。
「いいねえ。金のためなら何でもするんだな」
男が椅子に座り、雫の前に足を伸ばした。雫は膝をついたまま、男の肩に手を置いた。
その瞬間だった。
男の手が雫の膝に触れ、彼女を自分の腕の中に引き寄せようとした。
「やめろ!」
突然の怒声が部屋に響いた。
蓮が立ち上がり、手にしていた酒杯を男の額に投げつけた。
ガシャン!
グラスが砕け散り、男の額から血が流れた。
「失せろ!今すぐに!」
蓮の声は殺気に満ちていた。男を掴み、個室から力ずくで押し出す。
ドアが乱暴に閉められ、部屋に重い沈黙が落ちた。
雫は床に膝をついたまま、呆然としていた。なぜ蓮が怒ったのか、理解できなかった。
「あなたは私のお客さんです」
雫が立ち上がり、蓮を見つめた。
「マッサージをしてあげますから、二百二十万円をください」
蓮の顔が歪んだ。
「何だと?」
「客を追い出したのはあなたです。責任を取ってください」
雫の声に、感情はなかった。ただ機械的に、取引を提案している。
蓮の拳が震えた。
その時、綾香が立ち上がった。
「面白いわね」綾香が微笑んだ。「私にマッサージをしてくれるなら、三百万円出してあげる」
雫の目が輝いた。
「本当ですか?」
「ええ。でも、私の足元に膝をついて」
雫は即座に綾香の前に膝をついた。
「ありがとうございます」
綾香がソファに座り、雫は膝をついたまま彼女の肩に手を置いた。
蓮の顔が青ざめた。雫が自分の婚約者に膝をつく姿を見て、強い不快感が胸を襲う。
マッサージが始まった。雫の手が綾香の肩を揉んでいく。
しばらくして、綾香が小さく声を上げた。
「痛い!」
雫の手が止まった。
「押しのけられたわ!」綾香が叫んだ。
雫がバランスを崩し、テーブルの角に額をぶつけた。鈍い音と共に、額から血が流れる。
綾香がスカートをまくり上げた。太ももに小さな赤い跡がある。
「見て!彼女、わざと私をつねったのよ!」
蓮の目が怒りで燃え上がった。
「性根が腐ってるな」蓮が雫を見下ろした。「嫉妬で綾香に嫌がらせか」
「違います」雫が必死に首を振った。「私は何も——」
「黙れ!」
蓮の怒声が部屋に響いた。
「金が欲しい?」蓮が冷笑した。「いいよ。俺のダーツの的になれ。一発ごとに二十万やる」