Kabanata 12: 第12章 極めて危険な男
背後から、高橋健太が人混みを掻き分けて近づいてきた。
彼の整った顔には冷気が漂い、近寄りがたい恐ろしい雰囲気を全身から発していた。まるで闇夜王のように。
ちょうど1時間前、近藤雅也があの女の居場所を突き止めたと報告してきた。
健太は車を走らせ、ようやく総合病院に着いたところだった。
この数日間、彼はずっと希子の行方を探していた。
だがこの女は彼から逃げるつもりで姿を隠していた。今日になって、彼女が総合病院で妊婦健診を受けているところを見つけ、ようやく彼女を捕まえられるとわかった。
「高橋...若様...」
希子は幽霊でも見たかのように恐怖で足がガクガクし、先ほどまでの横柄な態度は消え失せていた。彼女は逃げ出そうとしたが、健太のボディーガードたちがすでに彼女の逃げ道を塞いでいた。
「どうやら、希子のお腹の子は本当に高橋健太の子供なんだわね。彼が自ら駆けつけてきたのだから、宮崎葵はこれで確実に継母になるわね」
宮崎由紀は、神々しいほど美しいこの男を見つめ、複雑な感情が湧き上がった。
認めざるを得ないが、健太は女性を狂わせるすべての条件を備えていた。彼は背が高く裕福で、その容姿は一流の男性俳優に匹敵するほどだった。そんな男が、盲目の女に心を奪われているとは。
由紀は少し妬ましく思ったが、それ以上に葵が健太の前で恥をかくところを見たかった。
「高橋若様、さっき誰かがあなたの祖父を名乗っていましたよ」
「祖父？」
健太は周囲を見回したが、祖父の姿は見えなかった。
由紀はそのとき気づいた。瞬きする間に、葵とあの老人の姿が消えていた。
「きっと彼女たちは救急室の中にいるわ」
由紀は救急室を指差した。彼女はようやく、先ほど葵と老人が中に入っていったことを思い出した。
健太は由紀など相手にする気はなかった。
「連れていけ」
健太は事を荒立てたくなかった。何しろ祖父が上の階に入院しているし、それに薬局で働いているあの小さな看護師にも、この件を知られたくない理由があった。
病院の薬局はたしかこの近くにあるはずだ。
健太が手を振ると、数人のボディーガードが希子の口を押さえ、彼女を引きずって連れ去った。
周りの人々はそれを見ても、誰も声を上げる勇気はなかった。冗談じゃない、さっきの若い男が尋常でないことは一目瞭然だった。彼らはトラブルに巻き込まれたくなかった。
由紀は足を踏み鳴らし、救急室のドアを押し開けると、案の定、葵とあの老人がそこにいた。
今日の昼はちょうど松本彰人が勤務中で、葵が老人を背負って入ってきたとき、彼も驚いた。
「おじいさんが急に具合が悪くなったんです。見ていただけますか」
葵は心配そうな表情を浮かべていた。
先ほど外で、おじいさんが突然自分は高橋健太の祖父だと言い出し、葵も驚いた。
受付で見た時、確かにおじいさんの苗字は高橋だった。
このお年寄りは本当に健太の親族なのだろうか？
子供の父親が健太だと確認した後、葵は彼とのあらゆる関わりを断つことを決めていた。
葵がおじいさんに尋ねようとした時、おじいさんが「あいたたた」と痛がり、具合が悪いから早く医者に診せてほしいと言い出した。
葵は老人を背負って急いで救急室へ向かった。
その時、健太の注意は希子に向いており、こっそり逃げた祖父と葵には気づかなかった。
彰人は葵が老人をとても心配している様子を見て、老人の状態を尋ねた。
「この方は高血圧があるようです。転倒は場合によっては重症になることがあるので、まずはレントゲンを撮って、骨や内臓の損傷がないか確認し、脳の検査も必要です」
彰人は葵に老人をレントゲン室に連れて行くよう指示した。
葵は老人を背負って出てきたところで車椅子を見つけた。救急室の外を見ると、希子と呼ばれていた女性はもういなかった。
「おじいさん、ここで待っていてください。ちょっと休暇をもらってきますから、すぐに戻りますからね。大丈夫ですよ」
葵は時計を見ると、すでに2時だった。まず休暇の申請をしなければならなかった。
薬局に戻る途中、ちょうど階段の踊り場を通りかかった。
数人の大柄な黒服の男たちと、物腰の柔らかそうな若い男が立っていた。
葵が近づくと、ボディーガードたちの視線が刃物のように彼女を射抜いた。
葵は耳を澄ませば、中から会話が聞こえてきた。
女が泣きながら話している。
「高橋若様、私が言っていることは全て本当です。お腹の子はあなたの子です」
葵の足取りがさらに遅くなった。その声は、明らかに先ほどのインフルエンサーの希子だった。
階段の踊り場で、健太は腕を組んで立っており、表情は冷たかった。
希子は恐怖に震え、隅に崩れ落ち、涙でぼろぼろになりながら、それで健太の心を動かそうとしていた。
「お前は本当に俺を馬鹿にしているのか？映画館であの夜、俺と一緒にいた女は絶対にお前じゃない」
立ち去ろうとしていた葵は、この言葉を聞いて心臓が早鐘を打った。
もしかして、健太もあの夜の女が自分だったことに気づいているのだろうか。
葵は監視カメラに映っていた男性の彫刻のように深い顔立ちを思い出した。それは明らかに健太だった。彼女の心臓は喉元まで上がってきた。
健太は冷笑し、刃物のような視線で希子を一瞥した。ただの一瞥で、すぐに目をそらした。
この女は脚が短く、腰も太い。それにあの胸は牛のように偽物だ。大物インフルエンサーだって？彼の目には、あの小さな看護師の方がずっとましだった。
彼、高橋健太がどれだけ欲に駆られていようと、どれだけ理性を失っていようと、この女には手を出せなかっただろう。
健太は鮮明に覚えていた。いつも彼の夢に現れて眠れなくさせるあの女性は、脚が長く、腰が細く、肌は皮を剥いたライチのように透き通っていて、手放したくないほど愛おしかった。それは決して希子ではなかった。
「言え、誰がお前を使ったんだ。俺の種を盗んだあの女は一体誰だ？」
健太はだんだん忍耐を失いつつあった。
「高橋若様、本当に私のお腹の子はあなたの子です。信じてください」
「まだ諦めないのか。いいだろう、お前はお腹の子が俺の子だと言うんだな、わかった」
希子はそれを聞いて、顔を輝かせた。
「高橋若様、本当に私と子供を認めてくれるんですか？」
「子供はまだ小さすぎてDNA検査ができない。だから、あと数ヶ月待つ。子供の形が整ったら、堕ろして検査する。もし子供が俺のものなら、お前には生涯暮らせるだけの養育費を渡す。もし俺の子でなければ、お前を母子もろとも殺すと思え」
健太の声は冷酷そのものだった。
希子は恐怖で足がすくみ、床に崩れ落ちた。この時、彼女は後悔していた。一時の金欲しさに健太を陥れる計画に同意するべきではなかった。
外では皆、高橋家の御曹司は気まぐれで残忍な暴君だと言っていたが、希子は今まで信じていなかった。
彼女は健太に会った時、その端正な容姿に魅了されていた。
しかし今この瞬間、彼女は自分がいかに無知だったかを悟った。誰に喧嘩を売るかと思えば、よりによって高橋健太に喧嘩を売るとは。
外にいた葵も、この言葉を聞いて骨身に沁みる寒さを感じた。
思わず自分のお腹に手を当て、バレンタインデーの夜の相手が自分だったことを健太が知ることは永遠にないだろうと、突然安堵した。
そのとき、少し離れたところにいた近藤雅也も葵に気づき、彼女に向かって歩いてきた。葵は急いで顔を伏せ、薬局の方向へ歩き出した。
階段の踊り場では、希子が泣きながら健太の足元に這いつくばり、頭を下げて許しを乞うていた。
「高橋若様、間違いでした。埋め合わせをします。あの女が誰なのか知っています...」
「お前が知っているのか？」
健太は目を細めた。
「知っています...高橋様、話します。どうか私を許してください」
希子は健太の約束を得てから、やっと話す勇気が出た。
「実は私、プライベート映画館に隠しカメラを仕掛けていたんです。全部撮影してあります」
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