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Kabanata 4: 第4話:状況

 どうやら、俺は異世界転生してロボになったらしい。

 どうやら、俺を目覚めさせた少女は領主らしい。

 どうやら、最初のピンチを乗り越えたらしい。

 今わかっているのはそれだけだ。詳しい状況はわからない。

 なんなら、目覚めさせた少女の名前すら知らない。

 ゴブリンキングを中心とした群れを始末したおかげで、ようやく現状把握ができそうだ。

「ああ……本当にやってくれるなんて! さすがは王家の伝説に残る守護者です!」

 王家? そういう存在なのか?

『ミナティルス家は管理者の血族にであり、莫大な魔力を遺伝的に継承します。高い地位にあってもおかしくはないかと』

 そうか。そもそも、ミナティルス家というのがわからないんだが……。

『貴方の感覚でわかりやすい説明をすると、当機はファンタジー世界の古代兵器です。目の前の女性は古代文明において、それなりに立場にあった者の末裔になります』

 少し、わかった気がする。

「ありがとうございます。領主様! もう終わりかと……」

「貴方様がいてくださらなければ、今頃みんな死んじまってた!」

 少女が生き残った男たちに涙ながらに感謝されている。見れば、屋敷の方から女性や子供達が外に出てきている。誰かが勝利を伝えたのだろう。

「全ては、王家の守護者によるものです。私は、偶然目覚めさせただけ……」

 困ったな、状況がわからない。この子の名前すら知らないまま、話が進んでいく……。

 そう考えると、少女が怪訝な顔でこちらを見た。

「私と、この村を取り巻く状況が気になるのですか?」

 伝わった。考えたことが伝わるわけだ。上手くコミュニケーションを取ろう。

 俺が頷くと、少女は胸に手を当てて、軽く一礼する。

「私はある理由があり、この村の領主を任じられました。ここは最果ての村エリアナ。空の渦が見える地。そして、魔物が多く現れる場所でもあります」

 魔物というのは理解した。襲われてたし。彼女のある理由というのが気になるな。

「詳しくは後ほど……。まだ、戦いは終わっていません」

『周辺に負傷者、破損した家屋が多数確認できます』

 そうだな。あれこれ聞ける状況じゃないか。

 でも、確認しておきたいことがある。

 俺は機械の目、モノアイの瞳で少女をじっと見て意志を伝える。

 名前を教えてくれ。

「そうですね。危急の用件とはいえ、名乗ってもいませんでした」

 少女は優雅に一礼すると、小さな口からよく通る声で名乗る。

「私はアンスル・ミナティルスと申します。守護者の担い手……で良いのでしょうか?」

 自信なさげに言うアンスル。実際、戦闘ロボを目覚めて運用させるような人には見えない。本来は深窓の令嬢とかお姫様って感じだ。

 それよりも、俺に対する守護者ってうのもやめてほしいな。

 そうだな、名前。名前が欲しい。この体に合ったやつを。生まれ変わったんだから、名前が変わってもいいだろう。守護者様、ってのは偉そうで良くない。

「名前が欲しい、ですか?」

 しっかり伝わっていたようだ。アンスルが整った眉根を寄せて考え始める。

『当機には汎用万能魔導機体ユルYZ01という形式番号が……』

「それは形式だろ。呼び名が欲しいんだ。どうせなら、アンスルにつけてもらおう」

 なんか、一生懸命考えてるしな。

 しばらく待つと、心を決めたとばかりに真面目な顔をしてアンスルが口を開いた。

「決めました。ヴェル……というのはどうでしょうか? 貴方の瞳の輝きがベルディグリ……優しい緑色をしている所から連想しました」

 アンスルの瞳に映る姿でわかったんだけど、俺のモノアイは緑に光る。あまり、きつくない輝き方だ。

 ベルディグリ……ヴェル。うん、いいな。すごくいい。ヴって文字が入ってるとロボとして強そうだしな。

 不安そうにしているアンスルに首肯した上で親指を立てる。

「良かった。気に入らなかったらどうしようかと思いました」

 変な名前だったら流石に拒否してたよ。

『当機の現地呼称「ヴェル」を登録致します』

 インフォは判断が早いな。助かる。

「では、ヴェル。お願いがあります。私達を助けてください」

 短い会話の後に続いたのは、彼女からの切実な願いだった。

 私達を助けてください。それはシンプルにエリアナの復興を手伝って欲しいという内容だった。

 世界の辺境にある危険地帯。その中にある小さな村の領主。

 古代兵器のロボが保管されていたことと、起動したこと。この二つの幸運がなければ、今回の襲撃で無くなっていたことだろう。

 このエリアナ村を立て直し、盛り上げていくのがアンスルの仕事。

 その手伝いが、俺の仕事というわけだ。とりあえず、目的があるのは良い。

「うぅ……」

「大丈夫。すぐに楽になるからね」

 屋敷の中は怪我人でいっぱいだ。そこらじゅうから血の匂いとうめき声が聞こえる。

 右手と体にひどい怪我を負った子供に、アンスルが優しく語りかける。

「万能の魔力、癒しの光を……」

 手の平を怪我した箇所にかかげ、短い呪文を唱えると、柔らかに輝く。

 魔法。俺のいた世界にはない、超常の力だ。

 この世界には魔力なるものが存在し、ロボになった俺の体も含めて、色々なことができるらしい。

「凄いものだな。医者いらずだ」

『魔力はあらゆるものに変換可能な万能のエネルギーです。治癒の魔法は魂の持つ本来の形に戻すように仕向けます』

 インフォが解説してくれた。俺の視界では、子供の怪我がみるみる治っていく。

「小さな切り傷だってすぐには治らないものなのになぁ」

『アンスルは優秀な魔法使いですね。このレベルの治癒魔法の使い手はなかなかいないはずです』

 俺を目覚めさせるくらいだ。アンスルはかなりの魔法使いというのは納得がいく。それでも、あのゴブリンキングと群れをを退治できなかったのはどうしてだろう。

『恐らくアンスルは戦闘向きの魔法が苦手です。治癒魔法を得手とする者にはそのような傾向があります』

「得手不得手があるってことか」

 なかなか上手くいかないもんだ。

 しかし、万能の力、魔力か。こんなのがあるのは地球よりよほど良いかもな。

『意外とそうでもありません。例えば、情報通信や医術は貴方のいた世界のほうが進む速度が早いです』

「そうなのか?」

『はい。我々がその技術を生み出すまで、八千年かかりました』

「魔法が便利すぎるってことかな?」

『その通りです。魔法中心の社会においては階級が固定されがちで、発展しにくいものもありました』

 この体を生み出した文明もなかなか苦労があったらしい。

 苦労といえば、俺の管理者アンスルだ。彼女の疲労も色が濃い。小さな怪我も沢山している。魔法を使うのだって消耗があるだろう。

 ボロボロの姿で人々を癒やす姿は感動的だが、見ていられない。

「インフォ、俺は治癒魔法っていうのは使えるのか?」

『勿論です、当機は万能ですから』

 そうか。それはよかった。

「治療が必要な人の優先順位、つけられるか?」

『はい。視界に表示します』

 すぐに目の前に変化が起きた。怪我人達の周りに数字付きの枠が現れる。どんどんやっていこう。

「ヴェル? どうしたの?」

 突然離れて歩き出した俺に、アンスルが怪訝な顔をする。

 喋れないし、行動で示そう。

 ゴブリンとの戦闘で怪我をしたおじさんの横に立ち、手を掲げる。ひどい怪我だ、普通ならもう歩けない。素人でもわかる。

「しゅ、守護者様?」

 ぐったりとしながらも呟くおじさん目掛けて、治癒魔法を行使。

『第三級治癒魔法、行使』

 手の平が輝き、おじさんの傷が一瞬で治った。アンスルよりも早い。というか、俺もびっくりだ。

「な、治った! それに、体がだるくない!」

『傷の治癒に加えて、体力もサービスできます』

 すごいなこれ。いや、やってるのは俺だけど。

「おお、さすがは守護者様だ……」

「ありがとうございます……。ありがとうございます……」

 その様子を見た人々が口々に声をあげる。

「治癒魔法も使えたのですね、ヴェル」

 近くに来ていたアンスルが嬉しそうに言う。

 俺は頷いてから、部屋の隅にある椅子を指差す。

「私には休めと? 違うわ、ヴェル。二人でやれば、もっと早く皆を元気にできるもの」

 どうやら、俺の管理者は意外と頑固なようだ。


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