【アンチ女って、結局目立ちたくて仕方ないんだよね。でも、恥をかくのは自分の自由だし、この番組も「対照組」って名前なんだから、女神と対比させてあげればいいんだよ】
詩織は、配信を見ている人たちが自分をどう批判しているのか全く知らず、手でまぶしい日差しを避けながら、目の前に停まっているタクシーに向かって歩き出した。
運転手とコミュニケーションをとってから約1分も経たずに、詩織は足早に歩き戻り始めた。
【ほらね、ダメだって言ったでしょ?結局は私の楓が助ける羽目になった。自己認識がない上に、目立ちたがり屋だね】
【ちょっと待って、私の目は間違ってないよね?運転手が車を動かして、彼女についてきてる!】
【うそでしょ?本当にタクシーを呼んだのか?あり得ないよ、英語できないでしょ。どうやってコミュニケーション取ったの?】
カメラマンはずっと橋本の方を撮影していて、楓が運転手とやり取りする様子は見ていなかった。
運転手が指定された場所に車を停め、トランクを開けて待っているのが見えるだけだった。
空港ロビーで、他の数人が詩織がドアの前で待っているのを見て、すでにトランクを開けたタクシーが待機していることに気づくと、すぐに席を立ち、荷物を持って外へ向かう。
「車が来た、急いで行こう。外はすごく暑いし、楓と詩織を待たせないようにしよう。」
清水瑠奈が最初に声をかけ、他のメンバーも異論なく荷物を引いて外に向かった。
ドアを開けた瞬間、暑さが一気に襲い、みんな思わず眉をひそめた。
その時、彼らは橋本が外でタクシーと話しているのを見つけた。
「これ……まだ終わらないの?車はもう到着したと思って外に出てきたんだけど」
瑠奈はちょっと困った表情で説明した。
詩織は口を閉ざし、必死に運転手と話している橋本を見ながら、どう反応すべきか一瞬迷った。
直感的に、何を言っても今は不適切だと感じた。
その時、ライブ配信のチャット欄が少し微妙な雰囲気に変わった。
【早森と運転手がどんなやり取りをしていたのかは見ていないけど、せめて2分くらいでタクシーを呼び寄せたのに、橋本はまだ運転手と話しているのか?】
【やばっ。外語学部の優等生って言ってたけど、カメラも全て彼女を追っている中で、全然ダメじゃん、私でも、あんなにごちゃごちゃ言わずに話せるよ】
【上の人、笑ってないで。楓の方がはっきり伝えてたんだろうけど、その運転手が英語を理解できないだけじゃないのか?】
【橋本楓のファンってみんなこんなに嘘をつくの?ライブ配信に外国語系の学生がいないと思ってる?橋本の言うこと、ほとんど間違ってたわ。よく外国語系の優等生って自称できるわね】
【もういい加減にしろ。S国の人々の母国語は英語じゃないんだ。彼女がいつも英語を自信満々に語って、どこでも通じるかのように話してるけど、誰が彼女の言ってることを理解できるんだ?】
一方、橋本楓は必死に運転手とやり取りし、ようやく交渉を終えた。陽射しを浴びて汗だくになり、額に髪がくっついて少し不格好に見えるが、それでもその顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
「詩織を見てくる。彼女がうまく交渉できるか分からないけど、私は……」
言葉が途切れた。詩織がすでに待機所のドアの前に立っていて、トランクが開かれたタクシーが横に停まっているのが見えた。
さらに、他のメンバーも詩織のそばに立ち、それぞれ違った表情をしていた。
楓の顔にあった得意げな表情が一瞬で消え、笑顔も固まってしまった。
彼女は詩織のところに歩み寄り、無理に笑顔を作って言った。
「もう交渉は終わったの?」
詩織は頷き、彼女の瞳に隠れた不甘を見逃さなかった。
詩織は驚いたが、すぐに理解した。
ああ、これは彼女が早すぎたから、橋本の風頭を奪っちゃったってことだろうか?
でも、あんな簡単な英語が通じるまでに、そんなに時間がかかるとは思ってなかった。
橋本は詩織の目に映る思いを察したのか、顔色がさらに険しくなったが、それでも無理に言い訳をした。
「ごめん、運転手と少し値段交渉してたから、ちょっと時間がかかっちゃった」
少しでも面目を保とうと、必死に言い訳した。
詩織は頷き、何も言わずに「車に乗ろう。外は暑すぎるから」と言った。
もし契約違反を恐れていなければ、橋本の代わりに自分が交渉したかったが、この数分間、もう暑さで死ぬほどの苦しみだ。
橋本は、詩織と一緒にタクシーを呼ぶことで、彼女の醜態を見せつけるつもりだったが、
まさか自分が対照組になり、逆に詩織に成功させられるとは思ってもいなかった。
彼女は悔しくて、唇を噛み、反撃しようとした。
「詩織、運転手に値段交渉した?みんなで一緒に考えて、経費が限られているから、無駄遣いできないよね?」
詩織は素直に首を横に振った。
「事前にS国のタクシーの相場を調べていたから、運転手が提示した金額が適当だと思って、交渉しなかった」
橋本は彼女の首を振る様子を見て、表情がパッと晴れた。心の中で喜びを感じた。
「私は大変だったんだよ。運転手に2000円で乗せてもらえるように交渉したんだ。」
そして、少し困った表情をして言った。「詩織、私たちのお金も限られているから、気をつけて使わないとね。あなたが呼んだ運転手は、いくらだった?高すぎたら、キャンセルして、別の安い車を呼ぼう」
ライブ配信で、橋本のファンが急いで言い返して、得意げに言った。
【早森がどうしてこんなにスムーズに交渉できたのか分かるよ。実は値段なんて聞いてなかったんだね。だから早かったんだ。私もできるよ。数回手話を使えば、運転手はきっと理解するよね】
【やっぱり早森は、そんなに教養があるわけじゃないんだな。ちょっと見せてもらう機会をくれたけど、結局ダメだったな。他人のお金だから、心配しないんだろうね】
詩織は橋本を一瞥し、何か言いたそうな顔をしていたが、最終的に遠回しに言った。「キャンセルするのは良くないんじゃないかな?もう呼んでしまったし」
「大丈夫よ。値段が高すぎたって言って、もう一度交渉しに行くから」
橋本はそう言いながら前に進んだが、詩織に止められた。「高くないよ、彼が言っていた価格は千円だって」