第2話:200億の屈辱
使用人に肩を揺すられて目を覚ました詩月は、時計を見て慌てて飛び起きた。
「申し訳ございません。零様がお怒りです。朝食がまだ用意されていないと」
詩月は急いでキッチンに向かい、零の好みの朝食を手早く準備した。トーストは軽く焼き色をつけて、コーヒーは深煎りで砂糖なし。3年間で覚えた彼の細かな好みを、身体が勝手に覚えている。
書斎で朝食を取る零の表情は不機嫌そのものだった。
「遅い」
短い一言だけ投げかけられ、詩月は黙って頭を下げた。
食事を終えた零に、詩月は意を決して口を開いた。
「今後の朝食ですが、シェフにお任せしてはいかがでしょうか」
零の手が止まった。
「何だと?」
「私が作るより、プロの方が――」
「昨夜のことで拗ねているのか?」
零の声に苛立ちが滲む。詩月は困惑した。
「いえ、そういうわけでは」
「愛していないと言われたことに腹を立てているんだろう」
零は立ち上がり、詩月を見下ろした。
「替え玉としての覚悟ができているはずだ。自分の意中の人より替え玉を好きになる奴はいない」
詩月は深いため息をついた。契約の守秘義務がある以上、真実を話すことはできない。
「分かりました」
「機嫌を直せ。今日はオークションに連れて行ってやる」
零の一方的な決定に、詩月は何も言えなかった。
オークション会場は華やかな雰囲気に包まれていた。零は詩月の好みなど一切聞くことなく、次々と競りに参加していく。
「6千万」
宝飾品に手を上げる零。
「8千万」
今度は磁器だった。
たった30分で競り勝った物は、もう既にスポーツカーのトランクを満タンにできる程だった。周囲の視線が痛い。
「零様、もう十分では」
詩月が止めに入ろうとした時、司会者の声が会場に響いた。
「次の出品は、デザイナー氷条怜華の処女作、ジェイドブレスレットです。最低落札価格は4千万円からとなります」
零の表情が一変した。
「6億」
いきなりの高額入札に、会場がざわめく。
「10億」
後方から聞こえた声に、詩月は振り返った。そこには冷笑を浮かべた男性が立っていた。
「朽木(くちき)骸(がい)か」
零が低く呟く。
「久しぶりだな、零」
骸と呼ばれた男が近づいてくる。
「160億」
「180億」
二人の意地の張り合いが始まった。価格は天井知らずに跳ね上がっていく。
「200億」
零の声が会場に響いた時、骸は手を下ろした。
「200億円で落札です」
司会者の声と共に、会場に拍手が響く。しかし骸の表情に悔しさはなかった。むしろ、何かを企んでいるような笑みを浮かべている。
「そんなにそのブレスレットが欲しいのか?なら分かった、お前の隣にいる美人さんを俺に一晩貸してくれたら、譲ってやろうぜ。前から目をつけてたんだ、あの子に」