和久は「美しいもの」という言葉が気に入らなかったのか、それ以上は何も言わず、険しい表情のまま立ち去った。
リビングには彼女一人だけが残された。まだやるべきことがあったので、立ち上がって別荘を少し歩き回った。
通りかかったメイドに場所を尋ね、いちばん近いトイレに入って扉を閉め、バッグから水と避妊薬を取り出した。
そのとき、また電話が鳴った。発信者:くそ小林。
そう、今日小林先生と電話で話した後、すぐに連絡先の名前を変更したのだ。
通話ボタンを押し、「どうしたのよ、くそ小林?」
小林先生は即座に怒鳴った。「誰がくそ小林だ!俺は全国的に有名な医者だぞ!」
愛美は軽く笑った。「昨日の夜、私に身体を許させておいて、今は避妊薬まで飲まなきゃいけない。あなた以外に誰がクソなの?」
「君のためを思ってやったことだろう?分からないのか?」
「もしこれに、私に不利な目的があると分かったら、バラバラにしてやるからね!」
「恩知らずめ、君のためだと言っているだろう」
「その話はまた今度にしましょう」愛美は今の状況にはまあまあ満足していた。「ひとまず私は中村家で安心して過ごせそうね」
「すごいじゃないか!今どんな状況なの?話して」
「電話では話しづらいわ。次に会った時に直接話すから。それで、何で電話してきたの?」
「さっき言ってた避妊薬の件だ」「どうしたの?」
「君の体質では避妊薬を飲んではダメだ!将来不妊症を引き起こす可能性が高い!」
「何ですって?」愛美の細い眉がきゅっと寄った。これはかなりまずい話だ。自分の体は健康なはずなのに。「前に健康診断を受けたとき、どうしてそのことを教えてくれなかったの?」
「前にはその方面の検査をしていなかったからだ。報告書が出たばかりで、私もつい最近受け取ったところなんだ」
確かに、最近婦人科と生殖系統に関する詳細な検査を行ったばかりだった。
愛美は洗面台の蛇口をひねり、水が白い指先を滑り落ちていくのを眺めながらつぶやいた。「一晩で妊娠する確率って、どのくらいなの?」
「……わからない。」
普段はしっかりしている愛美だが、こういう話題になると本当に純粋な少女のようで、話しているうちに顔がほてってきた。
「……妊娠する確率は高いの?低いの?」
「高いとも低いとも言えないよ。ふたりの体調次第だ。」
「つまり、何も言ってないのと同じね」
「本気で警告してるんだよ。避妊薬は君の体に大きなダメージを与える可能性がある」小林先生は冗談ではなく、心から忠告していた。「よく考えて、急いで決めるな。将来結婚して子どもを産むことを考えるなら、復讐のためにあまり多くを犠牲にしてはいけない。将来自分の子どもを持てなくなるくらいなら、和久の子を宿すほうがまだましだ、という意見なんだ」
「ふざけんな!私は将来自分の子どもを必ず持つわ。和久の子なんて絶対に産まない!」
「そんなの、もちろんそれが一番よ!今後彼と関係を持つ時は、しっかり避妊しなきゃね」
「もう二度と関係を持つつもりはない」「いずれにせよ、よく考えて」
電話が切れ、愛美は鏡の前に立って自分の顔を見つめた。母親譲りの整った顔立ちは、妖艶さと清純さを併せ持っている。性格は家の誰に似ているのか分からないが、とにかく誰にも似ていない。負けず嫌いで、一度決めたことは変えない。
しばらく考えたあと、手に持っていた水のボトルをゴミ箱に投げ入れ、避妊薬の箱を取り出して中の錠剤をトイレに流し、残りはライターで燃やした。
愛美がトイレから出てくると、メイドから別荘に客が来ていると知らされた。
自分には関係のないことだと思い、この機会に別荘をゆっくり見て回ろうと考えた。
外からの声が聞こえ、彼女は足を止めて戻った。