その日、人類は滅びた。
のちに『神』と呼ばれる存在の仕業だった。
四千年。途方もない、冗談のような時間である。
だが現実的に『人類が滅びるほどの未曽有の大災害』があったあと、崩壊し質量が減少した地球、重力が乱れ、環境が極寒と灼熱を繰り返し、海さえ干上がったその『死の星』に、再び人が呼吸できるような環境が整うためには、そのぐらいの年月が必要だった。
機械生命体とミュータント。
人類が滅びるほどの天才の中を生き残ったこの二つの存在は、最初、微生物のように無力だった。
もちろん多くの技術・生物が死に絶えた中を、それでも運よく生き延びたこの二つの生命体は、長い長い時間をかけて自我を確立し、己らを成長させた。
その結果として、この二つはある感情を得た。
『怒り』である。
言語さえ失われたその地上において、人類を滅ぼす『冷たい隕石』を落とした存在を語るための言葉は存在しなかった。
だが、機械生命体とミュータントは、しつこくしつこく、根気強く、『人の生きていた証』を発掘し、再生し、そうして人の言語・人の文化で、人類を滅ぼした脅威を『神』と名付けることに成功したのである。
『神』は、言ってしまえば宇宙人だった。
星系を支配・管理する宇宙人。
ただ、印象としては『機構』というようなものになる。あれらに意思はない。そもそも、姿形というのも定まっていない。
その本体がはるか何億光年も向こうにあり、生産プラント──と呼んでいいかわからないが──もまた、遠い遠い、他の星系にあることも、観測された。
だが、遠い場所にいながら、すぐ近く、たとえば地球の中にさえ、いるのだ。
……そして機械生命体とミュータントは、この『神』が自分たちを生かすのに一役買っていることもまた、技術の発展によって看破した。
『神』の目的は、二つ、推測できた。
一つは人間種を滅ぼすこと。
そうして、地球の上で再び『人類』を繁栄させることである。
だからこその、怒りだ。
この『神』は無感情に、ただ役割をこなしているだけ。
そんなモノに滅ぼされてはたまったものではない。そんなモノが、自分たちの命運を握っているという状況は、許せるものではない。
だから、機械生命体もミュータントも、まずは『神からの脱却』を目指した。
そうして、自分たちの生存・発展に『神』の介入が必要なくなったのを確信し、次に、『神の撃滅』を目指した。
……その際に、人間に思うところがあるような者たち──ようするに、人間に代わって自分たちがこの地上で『次なる人類』になることを歓迎する者、人間に恨みを持ち、その蘇生・復活を歓迎しない者たちは、『神』の先兵となった。
地上で、争いが始まる。
この争いは、千年続いた。
思想の違いによる戦いだ。種族の別はなかったが、同種族とのいさかいは絶えなかった。
この戦いで、『人類を愛している側』が勝利したのは、いくつもの偶然と、それから、『神』が向こう側に協力者として降り立たなかったことが、大きな理由と言えるだろう。
『神』は支持者を贔屓しない。
ただ、条件が揃った時に決まった行動をする機構でしかない。
神の尖兵と化したデータ、あるいは存在は念入りに滅却され、絶滅させられた。
現在、人間を崇める種族しか地上に残っていないのは、その時の掃討が理由である。
機械生命体には『基底プログラム』と呼ばれるものがあり、ここに『人間を嫌う理由』を残すと、また反逆者が生まれてしまう。だからこそ、念入りにデリートし、少しでも人間を嫌う様子のある機体は物理的に破壊する必要さえあった。
また、ミュータントには魂魄根底と呼ばれる『アイデンティティ』がある。
ミュータントたちはこのアイデンティティに逆らえない。どのような行動も、アイデンティティに根差して決定される、そういう生物だった。
だからこそ、伝説・伝承──魂魄根底に『人への敵愾心』が刻まれた存在は、丁寧に滅却された。
そうして『人間を絶滅させた神への報復』という目的意識で一丸になった者たちは、手を組み、『神』にその腰を届かせようと協調を開始する。
……だが、これが数百年、迷走することになる。
根絶したはずのモノが、蘇生を始めたのである。
いわゆるところの『天使』の登場であった。
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