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Chapitre 6: 6話 メイドは静かに見守りたい

 カイゼル様は、変わられた。

 このリンドベルク家に仕える者ならば、誰もがそう感じているはずだ。

 私の名前はイオ。訳あって、10歳という年からこの屋敷でメイドとして働いている。

 貧しい村の生まれだった。口減らしのために親に売られ、人買いに連れていかれた先が、偶然このリンドベルク家だったというだけ。生きるためには、それなりに汚いこともしてきた自負はある。けれど、今はただ、この場所で静かにメイドとしての本分を全うしたい。そう思っていた。

 そう、あの方――カイゼル様に出会うまでは。

 以前のカイゼル様は、まさに悪魔の子供だった。

 気に入らないことがあれば、すぐに癇癪を起して物を投げつける。廊下を少し急いで歩いただけでも「雑種が俺の前を横切るな」と髪を掴まれ、床に頭を押し付けられたことも一度や二度ではない。熱い紅茶をわざとこぼされ、火傷しそうになった同僚もいた。

 私たちは常にカイゼル様の顔色を窺い、その姿が見えるだけで、全身が氷のように強張ったものだ。

 けれど、あの日を境に、すべてが変わった。

 私がカイゼル様の目の前で、陶器のコップを落として割ってしまった日。

 死を覚悟した私にかけられたのは、いつもの罵声ではなかった。

「あ、いえ……大丈夫ですので、お気になさらず……」

 凍りついた。セバス様も、私も、時が止まったかのように固まった。

 もちろん、その直後にいつものように傲慢なカイゼル様に戻られたけれど、何かが決定的に違っていた。

 だって、あの方が、自ら床に膝をついて、私の代わりに破片を片付けてくださったのだ。そして、最後に、小さな声でこう尋ねられた。

「……おい。怪我は、ないな?」

 その日からだ。カイゼル様の、奇妙な変化が始まったのは。

 相変わらず、その顔はいつも不機嫌そうに歪んでいるし、口を開けば乱暴な言葉ばかりが飛び出してくる。

 けれど。

「……おい、貴様」

 ある日、庭の掃除中に足を滑らせて膝を擦りむいてしまった私に、カイゼル様が声をかけてきた。

「な、なんでございましょうか」

「その膝だ。……手当ぐらいしろ。見苦しい」

 そう吐き捨てると、カイゼル様はセバス様に目配せし、すぐに上等な薬と真新しい包帯が届けられた。

 また、ある冬の日。冷たい水で洗濯を終えた私の手が、赤く腫れているのを見つけたカイゼル様は、顔をしかめた。

「……なんだその手は。みすぼらしい」

 そして、どこからか取り出した高級そうな軟膏を、私に放り投げるように寄越した。

「これを塗っておけ。この雑種が」

 重いシーツの束を一人で運んでいた時は、「……邪魔だ。そんなもの、男の仕事だろう」と呟き、近くにいた従僕に有無を言わさず運ばせた。

 暴力なんて、嘘のように振るわなくなった。

 その変化は、私だけではなく、屋敷の誰もが気づいていた。執事のセバス様にも、他のメイドたちにも、以前のような理不尽な当たり方をしなくなったのだ。

 けれど、どう考えても、私に対する態度は他とは少し違っていた。尋常ではないくらい、私のことを見て、そして、何かと世話を焼いてくる。

 結果、メイドたちの間で、ある噂がまことしやかに囁かれるようになった。

「ねえ、イオ。絶対、カイゼル様はあなたのことが好きなんじゃない?」

「そうよ! イオを好きになったから、あんなに怖かったカイゼル様が優しくなったんだわ!」

「私たちの救世主よ!」

 休憩のたびに、先輩メイドたちにからかわれ、私は顔から火が出そうになる。

「ち、違います! そんなはずありません! だってカイゼル様はまだ九歳で……!」

「あら、あなたは十二歳でしょ? たった三つしか違わないじゃない」

「でも……!」

 そんなはずはない。そう思いながらも、カイゼル様のぶっきらぼうな優しさを思い出すと、心臓が勝手に音を立てる。

 今はまだ幼さが残るけれど、あの透き通るような銀色の髪と、空を映したような青い瞳は、きっと数年後には、誰もが息をのむほど美しい殿方になられるに違いない。

 そんな日々がしばらく続いた後、カイゼル様は自室に引きこもりがちになった。

 扉には、内側から無数の木の板が打ち付けられている。

 メイドたちは「恋の病で思い詰めてるんだわ!」「イオに格好悪いところを見せたくないのよ、きっと!」なんて勝手に盛り上がっているけれど、さすがにそれは違うと思いたい。

 だって、カイゼル様の部屋からは、時折、苦しそうなうめき声が聞こえてくるのだ。

 たまに部屋から出てこられた時も、その顔は青白く、目の下には濃い隈が浮かんでいる。服の袖口に、鼻血の跡がこびりついているのを見つけてしまったこともあった。

 あの方はきっと、一人で何か、とてつもないことと戦っているんだ。

 強がりなカイゼル様は、決して誰にも頼ろうとはしないだろう。だから私は、誰にも気づかれないように、そっとフォローを続けた。栄養価の高いスープを食事に加えたり、部屋の前に綺麗な水差しとタオルを置いておいたり。

 そんな生活が、何か月も続いたある日のこと。

 ガチャリ、と音を立てて、カイゼル様の部屋の扉が開いた。

 出てきたカイゼル様は、以前よりもずっと痩せていた。けれど、その瞳には、まるで嵐の後の晴れ間のような、静かで、それでいて絶対的な自信に満ちた光が宿っていた。

 その力強い眼差しに、私は思わず、時が経つのも忘れて見入ってしまう。

 ふと、カイゼル様が私に気づいた。

 そして、ほんの一瞬。本当に、瞬きするほどのわずかな間だけ、あの険しい表情が、ふっと和らいだように見えた。

「……イオ」

 いつもの、低くてぶっきらぼうな声。

 けれど、そこには確かな意志が宿っていた。

「少し、付き合え」

「……え?」

 私の間の抜けた声が、静かな廊下に響いた。

 どこへ? いったい、何のために……?

 私の混乱をよそに、遠くで聞き耳を立てていたメイドたちの「きゃー! デートのお誘いよ!」という、弾んだ声が聞こえてきた気がした。


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