Chapitre 3: 入職準備をする
Éditeur: Pactera-novel
静は後部座席に腰を下ろし、ときどき好奇心を抑えきれないようにアンソンの操縦する手元を覗き込んだ。何気ない顔をしながらも、その一つひとつの動きをしっかりと心に刻んでいた。
いつか時間を見つけて、絶対に飛行機の操縦を覚えよう――静はそう心に誓った。剣飛行術は少なくとも修為が築基期に達しなければ使えないが、それに比べれば飛行機ならずっと現実的だ。そう思うと、彼女の胸は少し軽くなった。
飛行機は穏やかに空を滑り、安定した振動が心地よく静を包み込んだ。しばらく窓の外を眺めていた彼女だったが、いつの間にか背もたれに体を預け、深い眠りに落ちていた。目を覚ましたときには、飛行機はすでに静かに停止していた。
外は発着場で、大小さまざまな飛行機が並んでいた。静は、自分たちの乗ってきた機体が広い敷地の端に停められていることに気づく。そこから近くの建物群までは、どう見ても一キロほどはありそうだった。
アンソンはいつものように彼女の小さなスーツケースを軽々と持ち上げ、長い脚で大股に前を歩いていった。
静はアンソンの後ろを歩きながら、あたりを見回しては時おり感嘆の声を漏らした。この場所の空気は驚くほど澄んでいて、一口吸い込むだけで胸の奥まで清められるようだった。首都星アスランよりもはるかに心地よく、払雲山にも劣らない。
見渡すかぎり、周囲は深い森に包まれており、時おりどこかから動物の鳴き声が響いてきた。
道中、彼らは制服を着た帝国軍の兵士たちとすれ違った。兵士たちは遠くからアンソンたちの姿を認めると、すぐに足を止め、敬意を込めて一礼した。
静は首をかしげた。動物園の園長助手にすぎないのに、どうしてアンソンの軍階はこんなに高いのだろう？
通りすがりの軍人たちが好奇のまなざしを向けてくるたびに、静は穏やかな微笑みで応えた。
ここにいる人々は皆、背が高く、たくましく、男らしい力強さにあふれている――静はそう気づいた。
それも当然のことだ。地球の大和国と同じように、優秀で容姿端麗で才能に恵まれた男たちは、皆そろって国に仕えているのだから。
「入れ」アンソンが虹彩スキャンを通ってドアを開けると、当直の二人の軍人がすぐに姿勢を正し、彼に敬礼した。
静はその光景に思わず眉をひそめた。ここはただの動物園ではないのだろうか？国家機密部門のような厳重な警備を敷く動物園など、聞いたことがない。もしかして――この動物園で飼育されているのは、帝国が保護する希少で絶滅寸前の生物ばかりなのだろうか？
武装した軍人が警備に立っているうえ、許可なしでは通れないドアがいくつも並んでいた。
二つのドアを続けて通り抜けたあと、アンソンは三つ目の大きな扉の前で立ち止まり、軽くノックした。
「どうぞ」落ち着いた、それでいてどこか温かみを感じさせる声が、ドアの向こうから響いた。
静はアンソンの後に続いてドアを開けた。部屋の中には、一人の中年男性が座っていた。端正で上品な顔立ちをしており、茶色の髪はこめかみのあたりでわずかに白く、薄い金色の瞳が柔らかな笑みを含んで彼女を見つめていた。
静は思わず足を止めた。目の前の男性は、アンソンとはまったく違うタイプのハンサムだ。若い頃はきっと息をのむほどの美青年だったに違いない。今では中年の落ち着きを纏いながらも、独特の色気を漂わせていて――まさに「叔父世代のアイドル」という言葉がぴったりだった。
――いや、違う。落ち着け、静。今は人の容姿に見とれている場合じゃない。
アンソンは静のほうを向き、丁寧に紹介した。「こちらがウォト星動物園の園長、フィルス中将です」
「……」静はその場で固まり、今の言葉を疑った。動物園の園長に――中将？そんな肩書きが必要なのだろうか。
フィルスは、静の驚いた様子から少し緊張していることを察し、穏やかな声で話しかけた。「石川静さんですね？そんなに緊張しないでください。私のことは “フィルス園長” と呼んでくれればいいですよ。これからの仕事を、きっと気に入ってもらえると信じています」
静ははっと我に返り、慌てて頷いた。「この仕事、とても気に入っています」
フィルスは静の反応に柔らかな笑みを浮かべ、さらに穏やかな口調で言った。「そうそう、園内にはほかにも十数名の飼育員がいるんだ。君には彼らと同じ宿舎で暮らしてもらう予定なんだけど……問題ないかな？」
静は修行の時間を確保しなければならないことを思い出し、少し迷いながら口を開いた。「もしできれば……個室に住むことは可能でしょうか？」
フィルスは柔らかく笑いながら答えた。「心配いりません。もともと全員が個室ですよ。あなたも彼らと同じ建物に住むだけです」
静はすっかり安心したように微笑み、柔らかな声で答えた。「それなら、まったく問題ありません」
フィルスは穏やかな口調で説明を続けた。「給料は、毎月税引き後で十万星間通貨だ。仕事の成果が優れていれば、年末のボーナスもかなり出る。だから年間の総収入は、おおよそ百五十万星間通貨になるだろう」
静の瞳が一瞬で輝いた。これは、彼女の想像をはるかに超える待遇だった。
――なんて完璧な仕事なのだろう！
「では、決まりだな」フィルス園長は穏やかに頷き、手際よく指示を出した。「アンソン少将、石川さんの身分情報を登録して、宿舎の手配と後方支援部での作業服の受け取りを頼む」
アンソン少将は静かに頷き、指示を受けたことを示した。
「ありがとうございます、園長」静は丁寧に頭を下げると、アンソンの後に続き、軽やかな足取りでフィルス園長のオフィスを後にした。
二人がオフィスを出て数歩進んだところで、静はふと足を止めた。今の修為はまだ錬気大成期にすぎない。それでも、彼女の五感はすでに常人をはるかに超えて研ぎ澄まされていた。
静は、フィルス園長のオフィスの中に、いつの間にかもう一人、人の気配が増えたことを感じ取った。
無意識のうちに事務所の方へと視線を向けたが、園長室にはおそらく入口が一つだけではないのだろう――そう判断して、静は気にせず歩みを進めた。今日はまだ入職に関する雑務が山ほど残っており、立ち止まっている暇などなかった。
静の感覚は確かに正しかった。その頃、フィルスのオフィスには――たしかに、もう一人の人物がいた。
その人物は、背が高く引き締まった体つきをしており、どこか野性を感じさせる凛々しい美貌の持ち主だった。鋭い輪郭に白い短髪、そして淡い青の瞳――そのすべてが冷ややかな威圧感を放ち、まるで戦場から戻ったばかりの戦士のような殺気を纏っていた。
もし静がその姿を目にしていたなら、きっと息を呑んでこう思っただろう――この世に、こんなにも完璧な美男子が存在するのか、と。
「セイント殿下、新しい飼育員の印象はいかがです？」フィルスは穏やかに笑みを浮かべながら言った。「私は、なかなか悪くない少女だと思いましたが」
先ほど静と過ごしたわずかな時間の中で、フィルスは、自分の張りつめていた心がいつの間にかほぐれていたことに気づいた。
どうやら、帝国科学院の研究結果は間違っていなかったらしい。獣化遺伝子を持たない残存人類は戦闘能力こそ低いが、その周囲に漂う独特のオーラが、獣人たちの心を安定させる効果を持っている。――それこそが、ウォト星が残存人類を飼育員として雇用している理由だった。
白髪の男は表情を変えぬまま、低く静かな声で言った。「残存人類は、たいてい臆病だ。……ただ、彼女が恐れをなして途中で逃げ出し、この仕事を放り出さないことを願うだけだ」
そう言うと、彼は腕を組み、長身の体をそばの机にゆるくもたれかけた。その薄い青の瞳に、わずかに興味と愉悦が入り混じった光がきらりと走った。
フィルスはふと何かを思い出したように顔を上げ、問いかけた。「シーマ星の戦場でSランクの虫母を討ち取ったと聞いたが、精神面は大丈夫か？もし不安があるなら、早めに医務室で治療師に相談して調整を受けるんだ。理性を失って完全な獣態になったあなたと対峙するのは避けたいからな」
白髪の男は横目で彼を一瞥し、薄い唇を緩めて静かに言った。「安心しろ。もしそんな日が来ても、私は先に密林の奥深くに身を潜め、誰にも見つからないようにしておく」
フィルスは眉をわずかにひそめ、真剣な声で続けた。「陛下があなたをしばらくウォト星に駐在させたのは、精神を休ませるためです。前線の環境はあまりにも過酷で、あのままでは精神波動の安定に支障をきたす。少しは心を緩める時間が必要なんですよ」
セイントは静かに頷き、落ち着いた声で言った。「次の前線行きまでの間は、ウォト星で静かに過ごすつもりだ」
静は、オフィスで交わされた二人の会話を知る由もなく、アンソンの案内でようやく入職に関する煩雑な手続きをすべて終えた。そのあとアンソンは、彼女に入職研修への参加が必要であることを伝えた。
「研修は明日の午前八時から始める。担当は私だ」アンソンはそう告げてから、少し間を置き、穏やかに付け加えた。「まずは宿舎まで案内しよう」
研修の担当がアンソンだと聞いて、静は胸をなでおろした。もともと人見知りというわけではないが、やはり顔見知りと関わる方が、知らない相手よりずっと気が楽だった。
静はアンソンに微笑み、明るい声で答えた。「ありがとうございます。よろしくお願いします」
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